ぼくたちの将来

 バイタルエリアというのは実際どこのことを言うのか、幼稚園児には知る術も無かったが、どうやら自分たちのバイタルエリアはこの幼稚園であるらしい、ということはわかっていた。そして、バイタルエリアでは頑張った方がいい、ということも小耳に挟んで理解していた。
「つまり、俺達のバイタルエリアはここなんだよ。この敷地内なんだ」
 お弁当の時間の後の休み時間、それに気付いたごく一部の年長園児たちは、同時に自分達のライフスタイルの変更を余儀なくされた。
「ええ、そうね。ということは私達、今までのようにモラトリアムな姿勢じゃいられないってことね」
「そうさ。何事も全力、時々失敗。それがバイタリティー溢れる園児の姿だ!」
 それから彼らは全力で粘土をこねたし、時々それをうっかり飲み込んでしまったりした。お弁当を得意げに早食いしようとして、最後まで食べ切れなかったりした。砂場でトンネル掘りの指揮をとったかと思えば、転んで崩して大泣きしたりした。そして今日、高岡がドカンと一発シャボン液を一気飲みした。さすがに会議が開かれた。
「体もたねえよ。死んじゃうよ」
「なに言ってるんだ高岡。バイタルエリアで弱音を吐くな」
「無理だ。さっきのシャボン液が胃にへばりついてムカムカしてやがる」
「あれは無茶だったんだよ、高岡」
「そうよ。シャボン液はさすがに無理よ」
 高岡は二人をじろりと睨むと、ちょっと泡っぽいツバを遊具に向かって吐いた。
「へっ。そうだよ、あれは無茶で無理だったんだよ。だからお前らは、俺が苦しんで泡を吹くのを見て、自分たちは止めたじゃねえか。ちょっと引いたじゃねえか。何がバイタルエリアだ。怖気づきやがって。見せ掛けのバイタリティなんて、小学校じゃ通用しねえよ!」
 それは禁句だった。半年後、それぞれ違う小学校に通うことになるメンバーは、一人では到底バイタルエリアバイタルエリア言ってふざけていられないだろうということをなんとなくわかっていたた。同じふざけ方の出来る、かけがえの無い仲間。おふざけに体を張ることが出来る、喋るとシャボンの香りがする仲間。小学校に、喋るとシャボンの香りがするお友達はいるかいないかと言えば、間違いなくいないのである。