宇宙船クーデター号 ~絶妙な間とタイミングの天文学的情報量について~

 旅するケンタとサクラの目の前に現れた謎の少年! 何を聞いても「それ、うめぇのか?」と繰り返すばかりの野生児と粘り強くコミュニケーションを図ろうとする二人にも、さすがに疲れの色が見え始めるのだった!
「これでは埒が明かないな……」
「まさか、こんな人間がまだ存在していたなんて……」
 少年はぼろぼろの腰巻き一つで不思議そうにこちらを見つめている。
「だが、言葉が通じるということは、彼の使う言語が翻訳機のデータベースにあるということだ。幼くして動物に育てられたのかもしれない。しかし、どうしても腑に落ちないのは――」
 ケンタは宇宙船の外を見た。ドッキングされた一人用の宇宙船が見える。サイヤ人が乗る丸いヤツである。
「どうして、こんな奴が宇宙に……?」
 確かに、ターザンみたいな野生児がハイテク宇宙船の隅にしゃがみこんでいるのはおかしかった。決して尻をつけないのは、サルに育てられた名残かも知れない。
孫悟空、いや、カカロットみたいに、知らないうちに宇宙船に乗せられたんじゃない?」
「君もドッキングの微調整を見ただろう? 何度も切り返して、挨拶のハザードまで点けて。それで会ってみたら、この孫悟空の、いや、カカロットの感じ。この船は、微弱な脳波を感知するウソ発見センサーがあるから、騙しや誤魔化しは一切通じない。こいつは嘘をついていない」
 サクラは一歩、前に歩み出た。少年は床に手をついて身構える。
「あなた、名前はあるの」
「名前って、それ、うめぇのか?」
「クソ、新しい言葉を使うたびにコレだ……クーデターの時は迫っているというのに……」
「クーデター?」聞き慣れない言葉に興味をひかれたらしく、少年は前屈みに立ち上がって言った。「それ、うめぇのか?」
 気が滅入るとでも言いたげに、眉間に指をあててサクラが首を振る。その時、ケンタの眼光は急に鋭くなった。そこに向かって少年は質問をぶつける。
「なあ、クーデターって、うめぇのか?」
「ああ、美味いぞ」ケンタは不敵に笑った。「最高にな……」
「ケンタ、あなた、まさか、この子を……」
 ケンタは少年の方を向いたまま、サクラにだけ聞こえる声で言った。
「今回のクーデター計画には一つだけ足りないものがあった。それは『和やかな混乱』を誘発する出来事だ。警戒をさせず注意だけをひきつける存在。今どき珍しい、話の通じない野生児。こいつは、足りなかった最後のピースなんだ」
「ケンタ……!」
「なあ、そのクーデターってよぉ、どんなくいもんなんだ?」
「ああ、俺はこの世で一番うまい食い物だと思ってるよ」
「しょっぱ系?」
「ん?」
「そのクーデターってのは、しょっぱ系のうまさ?」
「食い物に関する語彙は豊富なのか……? まあ、そんなことは気にするな、とにかく美味いもんだ」
 少年は急に疑いの目つきでケンタを睨み、「へっ」と発して壁の方を向いてしまった。
「ケンタ、彼はきっと美味さのほかに物事の基準を持っていないのよ。もしも彼を説得したいなら、話を合わせなければダメ」
 その時、大モニターにクーデター仲間のジャンゴが映し出された。
――ケンタ、お前の船だけ、グレゴリー・ガリー星の到着時刻が予定よりもだいぶ遅れているじゃないか。いったい何をやっているんだ。
「ごめんなさい、ジャンゴ。ちょっと予期せぬことがあって――」とサクラが慌てて応答する。
「あと14日と8時間52分で到着しなければ、憲法会議の終了時刻に間に合わず、機を逃すことになる。今の調子じゃかなりギリギリ、全てがパーだぞ!」
「大丈夫、必ず間に合わせるから。より計画を完璧なものにするための最後のピースが集まりそうなの」
――俺たちは、経験豊富なあんた達を信じて行動しているんだ。頼むぞ。
「ええ、信頼を裏切るつもりはないわ」
 通信が切られた。少年は不思議そうにモニターを見ていたが、ケンタの視線に気付き、これ見よがしに勢いよく壁の方を向いた。
 厳しい顔になりかけていたケンタは、ふっと笑って息を吸うと、腕をやわらかに広げた。
「しょっぱ系のうまさだ」
 口を尖らせた少年は、乳首をかきながら「あ、そうなん?」という顔で少しだけ振り返った。
「やみつきになるやつだぞ」とケンタは片方の口角を上げた。「俺はもう数々の星雲の数々の惑星で、23回もそいつを喰ってきたんだ」
 少年が乳首をかく手を止めた。「やめられない、とまらない?」
「そうだ、やめられない、とまらないだ」
「ぺっ!」と唾を吐いたんだか口で言ったんだかわからなかったが、少年はまた壁を向いてしまった。「かっぱえびせんのことだったのかよ」
 一瞬目を閉じたケンタだが、なんとか理性的に「ちがう」と言った。「かっぱえびせんはオレも知っているが、そんなものとは比べものにならない」
「え」という顔で振り返る少年。「あんなうめぇのに……?」
かっぱえびせんはやめられるし、とめられるが、クーデターはやめられない、とまらない」
「でも、しょっぱ系なんでしょ?」と指をさしてくる少年。「そういう味って逆に飽きちゃわない? あるきっかけで」
「いや、それでいて甘みもあるから飽きが来ない。ま、お前が味わったことのない美味さであることは間違いがないな」
「それ、もしかしてあの」少年が目をらんらんと輝かせた。「チョコのかかったポテトチップスのことじゃねえのか? もし、そうなら、オイラ、どんな手を使ってでも、どんな屈辱を受けたとしても、はらいっぱいそいつを食ってみてぇもんだ」
「俺たちについてくれば、そんなことは訳ないさ。なんせ、ちょうどこれから喰いに行こうってところだからな」
 少年はよだれを垂らし、跳ねるように体を上下させた。
「てことは、クーデターってのはやっぱり、チョコのかかったポテトチップスのことなんだな?」
  ケンタは一方の腕で前髪をかき上げて深呼吸した。サクラはそれを心配そうに見つめた。
「そうだ」
 その瞬間、自動的に照明が消え、天井に取り付けられた赤いスポットライトがケンタだけを浮かび上がらせた。同時に警報ブザーがけたたましく鳴る。ウソ発見機がウソつき脳波を感知し、卑劣なウソつきの姿を衆目の元に晒したのだ。
 しかし、それを責められる者はここには誰もいなかった。少年は不思議そうに光源を見つめ、また不安そうに体を縮こまらせた。やがて、照明がゆっくりとついた。
「サクラ、ウソ発見装置を解除してくれ。そして、ハッサンを起動してくれ」
「えっ」とサクラは心配そうにケンタを見つめた。
「構わない。恒星も近いし光発電の状況は良好。ハッサンを起動し続けてもクーデターが終わるまでのエネルギーは十分持つ計算だ」
「そ、そうね……」
「自動運転の速度設定も上げてくれ」
 サクラが操作を始める後ろで、ケンタは少年に麻酔光線を放った。便利なものがたくさんそろっている。続いてケンタはぐったりした少年を抱きかかえ、「ハッサンを起動しています……」と表示されたモニター前の椅子に、なぜか亀甲縛りを施した上で固定した。
「後はハッサンに任せて、俺たちは少し眠ろう」
「ええ、ハッサンに任せれば大丈夫ね。私のことも、こうして立派に教育してくれたんだから……ウッ」
「サクラ、大丈夫か!」
 駆け寄るケンタを制して微笑むサクラ。
「平気、ちょっとつわりがきただけよ」
 見た目は大型のサルでしかないサクラがよろよろとトイレへ向かう、その後ろ姿をケンタは見つめていた。
 そうさ、ハッサンなら奴を立派な人間にするなんてわけない。ただの凶暴な大型のサルでしかなかったサクラに、言語と人間性と忠誠心を植え付け、オレが欲情してしまうほど素敵なレディに育ててくれたハッサンなら、きっと……。
「ケンタ」とサクラが急に立ち止まって言った。「あなた、どうして勃起しているの?」
 確かに、ケンタはぎんぎんに勃起していた。
「いや」と恥ずかしそうに首を振るケンタ。「君に触ったからだよ」
 ダダーン! というピアノの音と一緒に、ケンタの姿が赤く照らし出された。効果音はランダムが選択されている。
 赤い光の中で、ケンタはサクラの背中を睨みつけ、静かに言った。
「君は、ウソ発見機を解除しなかったのか?」
「ええ」サクラは振り返ることもなく、声を低めた。「あなたの言ってることがどうにも腑に落ちなくて。"和やかな混乱"を生むためなら、あの子を教育してしまっては意味がないわ。あなたはあの子を手元に置きたかっただけ、自分の欲望を満たすためにね。あの子を運んで亀甲縛りにしたら勃起したのが何よりの証拠」
 ゆっくりと照明がつき、今年の正月のケンタの書き初め、一番いいところに貼られた「俺はバイだ、だからなんだ」の力強い字も見えるようになる。
 ハッサンの起動が完了し、モニターに心電図みたいなものが映し出された。この辺の雰囲気は、色々な技術開発が進んでも変わらなかった部分で、ホッとする。
 ハッサンは船内のあらゆる録画データとリアルタイムの映像から得た生態情報をもとに状況を判断するために動き始める。
 それに最後の情報を提供するように、ケンタは静かに言った。
「サクラ、どうやら俺は、お前の教育をおろそかにしていたみたいだな」
――サクラ、私の質問に答えていただけますか?
 サクラは何も答えない。しかし足が震え、毛は逆立っていた。ハッサンは人工知能だが、ケンタの目的に適うようプログラミングされている。その受け答えだけでここまで教育されたサクラは、その恐ろしさを誰よりもわかっていた。
 その時、眠りこけている少年がブッと屁をこいた。同時に、ダダーン! とウソ発見機が鳴り、少年だけを真っ赤に照らし出した。
――屁を"ウソ"だと思ってるってこと!?
 ありとあらゆるデータを駆使して絶妙な間とタイミングでツッコむと同時に、ハッサンの処理能力が一瞬でパンクし、宇宙船ごと大爆発した。

『現代児童文学作家対談5 那須正幹・舟崎克彦・三田村信行 』神宮輝夫

 

 

 この毎週日曜8時に更新するようになっている書評だかなんだかで表題になっている本は、一連の考え事が始まるきっかけになった本というだけで、読んでもなかなか出てこない場合もある。

 ナボコフは――だからすぐこういう風になる――後に『アーダ』となる書き始めの断片をエッセイで明かし、その後でこう記す。

 この断片を書きつけたのは、小説が湧きだしてくる数か月前、一九六五年の暮れも押しつまったある朝のことだ。ここにあげた部分が小説最初の胎動であると同時に、不思議な核の役割をもはたした――このあと三年をかけて、本は核のまわりを包みこむように育っていったのだ。
(「霊感」『ナボコフの塊』p.241) 

  この前後で、そういう部分は霊感の輝きを体験した後で書かれるのだって感じに書いているが、これはなんともよくわかる話で、自分も、長いものの書き始めはよく覚えている。何か書くというのは、この「何か書けそうだという霊感の賜物だ」と断言しても問題ないくらいの、広く的確な言い方だという気がする。
 なぜなら、今よりてんでもっとなっちゃいなかった自分の昔を思い返してもわかる通り、この霊感は、経験や腕前によらず誰にも等しく訪れるものだからだ。文章に限らず、べつに関根勤の妄想だって、『アーダ』の核をもたらした霊感と全く同じメカニズムだろうと思う。
 しかし、そんな感じで誰もが等しく身に覚えがあるために、勘違いをする者も昔から多いと見えて、結局はどれだけ霊感が強いかの勝負だ、才能だ、みたいな驚くべき結論に驚くほど一瞬で収束したりする。ナボコフはちゃんとこう書いている。

霊感の次なる段階とは、喉から手が出るほど欲しいあのなにかであって、すでに名もなきものではない。実際、この新たなる衝撃の輪郭はあまりに鮮明なので、暗喩をあきらめ、すでにある言葉を使うことを余儀なくされる。その人物は、自分がこれから話す内容を予感している。その予感は、堰を切って言葉があふれだす瞬間のヴィジョンとして、定義することができる。もし、なにかの装置でこの稀にして悦ばしい現象を呼びおこすとしたら、図像なら明晰な細部がちらつくようにしてうあってくるだろうし、言語なら言葉のるつぼがひっくりかえったようになるだろう。経験豊富な作家は即座にそれを書きとめるが、その過程で、せいぜいすぐ消えてしまう滲み跡にすぎないものから、意味の兆しを次第に引きだしていき、形容詞句と構文は、印字面にあるように明瞭かつ整然としたものになる――
(同 p.240)

  霊感によって捉えたものを現前させる技術や知識が、その人を関根勤にしたりナボコフにしたりしている。
 このあと、長いものを書く時は「続けざまに襲う閃光となって作家につき従うものだ」とか、「作家があまりに慣れっこになってしまえば、自宅の照明用につけていた霊感が突然ぷすりという音をたてて消えてしまうと、裏切られたと感じるかもしれない」とか、いかにもナボコフという文章が続くが、なるほど作家はある程度は光を頼りに進むのであって、こうした比喩は色んなところで出くわす。

 三島 僕は先週、富士の青木ヶ原の樹海に行きましてね、樹海の中を一列縦隊で、夜中に灯りなしで歩いたんです。だいたいたいした距離じゃありませんでしたけれども、コンパスで真っすぐ歩くんです。僕は後から二番目にいましたからあんまり責任ないんですけれどもね。前の奴のヘルメットの縁のほのかなあかりだけが頼りなんです。それも時々深いところにいくと見えなくなる。そして、あそこは地面は全部溶岩ですからね、でこぼこで、深い穴があったり……
(三島由起夫『源泉の感情』p.246)

 三島 それで向うズネはすりむくわ、膝は打つわ。もうえらい目にあったけれども、あれは僕は小説を書いてる感じと同じだったな。ぜんぜん、一歩先はまったくわからない。同じ平面だと思っているとまったくちがうんだ。
 武田 だけれども、僕なんかから見ると、三島さんはわりあいに、穴ボコがいくつあって、前のやつのヘルメットが次はどのくらいにくるだろうということは、わりあいに計画的というか、見てやってるほうに見えるな。
 三島 ウーン、それはあたかも軍人が戦術ばっかり勉強して、戦争というと、自分が論理的な解釈ができるように思うでしょう。あれがなければ不安だからですよ。
(同p.247-248)

  昔これを読んだ時は武田泰淳に賛成するばかりだったが、光としての「霊感」という言葉をナボコフにもらった時は、自らを評した三島の言葉の方が説得力を宿してくる気がした。三島には霊感がなかったと断言するほど言葉や証拠を連ねる気はないけれど、少なくとも、ナボコフの「霊感」について何か面白そうなことを言えるのは、三島の方ではないかと思える。

 とはいえ、こんな例を二つだけ挙げて何が言えるものか。この二例は、あまりに離れているか、近すぎている。
 霊感と実作の間にある感覚の例は、多すぎて困るということはない。だから、ナボコフが人の小説に「霊感」の現れている箇所を指摘するように、自分も人の書くもの言うものから光を見せる「霊感」をいっぱい書き写してきた。ちなみに同じエッセイでナボコフは、サリンジャーの「バナナフィッシュ」でシビルが砂浜を歩くときに濡れて崩れたお城に片足を突っ込んだという箇所を霊感スポットに挙げているが、自分もそこを書き写していてうれしかった。


 で、霊感と実作の間にある感覚の例としての本書。
 那須正幹の対談を読んでいて、なんか光った! という気がしたところを引用しておく。それは、己の霊感をそのように準備するための通電作業としての霊感で実に参考になるが、我々がすべきことの結局は、こんな通電と、その光を言葉に変換するためのたゆまぬ努力としか言えず、後者は言葉に表れてくれない。

これはまだぼくが広島で同人誌の「子どもの家」におったころに、外国の少年向けのテレビドラマをNHKが放映したことがあったんですね。たぶんイギリスの話だったんだろうけど、ノルマンディ上陸作戦のときの不発弾がどっかで見つかったんですね。それを偶然、子どもが見つけるわけです。それがなにか狭いところに落ちたものだから、子どもでないと中へ入れないんです。それを子どもが、上から爆発処理班の指示を受けながら、自分でその信管の処理をやるんです。これを見たときに、すごいショックを受けました。
 なぜショックを受けたかというたら、ぼくがもしもこの話を書くんだったら、子どもが見つけるところまでは書くだろう。しかし、そのあとは走っていって、おまわりさんを呼んでくる。そしてぶじ、不発弾は回収できましたという話をつくるなあと思って。イギリスというのはすごいなと思ったのは、子どもに不発弾を処理させるでしょう。児童文学というのはこれじゃないかと、そのとき思ったですね。あれからぼくの書く話がだいぶ変わったんじゃないかと思います。不発弾を子どもに解体させるような状況、それは現実じゃなかなかありませんよ。しかし、いかにしてそういう状況にするかいうのが作家の腕じゃないですか。そういう状況をつくるのが児童文学作家の創造力だという気がしてね。あれはどういう作品か、名前を忘れてしまったけどね。
(p.49)

 

ナボコフの塊――エッセイ集1921-1975

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アーダ〔新訳版〕 上

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ナイン・ストーリーズ (新潮文庫)

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ナイン・ストーリーズ (ヴィレッジブックス)
 

 

源泉の感情 (河出文庫)

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