かわいい猫

 あんまりかわいいもんだから、おばあちゃんの飼っている猫はみんなからかわいがられた。おばあちゃんが営むタバコ屋を訪れる人や学校帰りの学生が、店先にいる猫をなでたり、真っ白いお腹をくすぐってあげたりした。
 おばあちゃんがお金を取り始めたのは梅雨入りのお知らせを気象庁がミスした日で、最初のお客はぼくだった。
「1撫で100円、6撫で500円」
 ぼくが猫に近寄る前に、おばあちゃんは言った。UFOキャッチャーと同じ値段設定にぼくは激怒した。おばあちゃんは動じなかった。
「猫を触るなら、1撫で100円、6撫で500円」
「お金を取るなんてひどいよ!」
「あたしの猫さ。あたしの好きにするよ」
 あんまりかわいいもんだから、おばあちゃんの飼っている猫はみんなからかわいがられた。それから、500円玉を握りしめてタバコ屋を訪れる人が後を絶たなかった。火曜日は500円で7回撫でられた。
 くそ、くっそう。ぼくはとてもくやしかった。あいつばっかり儲けやがって……。
「いらっしゃいいらっしゃい!」
 ぼくはちゃんと梅雨入りした次の曇りの日、タバコ屋の道路を挟んだ向かい側にお店を開いた。ぼくの足元には、ぺちゃんこのダンボールの上があって、ガードレールにつながれた犬が武者震いしている。
「100円で犬を撫で放題だよ!」
 ぼくは叫んだ。ぼくの出した看板はとても大きくて、タバコ屋へ向かおうとするならいやでも目に入ってくる。そこには「撫でごたえが違う!」とか「大阪名物」とか「ク〜ン」とか、とにかく興味をひく言葉が書いてあって、ぼくは勝ちを確信した。
 夕方になって、ぼくが用意したおひねりを入れる用の缶の中には200円しかなかった。一方、おばあちゃんは今日だけで16500円の売り上げをあげていた。
 ぼくは冷静になって考えた。犬を見た。そうなんだ、ぼくがどうにかつかまえた野良犬は全然かわいくないし汚いんだ。どんなにお風呂に入れても小汚い犬がこの世には存在して、こいつはそのうちの一匹だった。ぼくったら、どうしてあんなに準備段階ではしゃいでいたんだろう。空を見上げて涙をこらえてから、ぼくは野良犬につけていた首輪を外した。野良犬は逃げなかった。ぼくがおしりのところを強めに平手打ちすると、野良犬はキャインと吠えて、肛門丸出しでドタバタと夕暮れの中に消えていった。とうとうぼくの目から涙がこぼれた。おばあちゃんは、そのお金で3回、猫を撫でさせてくれた。