『木工少女』濱野京子

  

木工少女

木工少女

 

 

 この前ツイッターで、あるおじいちゃんが亡くなって、孫が棺にじゃがりこを納めたので何かと思ったら、二人は家族に見つからないようによく食べていたということで、さらに後日、そのおじいちゃんの書斎から沢山のじゃがりこが見つかった……という話を目にして思い出したのこの本には、じゃがりこをはじめスナック菓子が、コンビニもない山奥の村にない物の象徴としてたびたび登場する。
 慣れない場所で、心にある冗談とか喋りがだんだん口に出せるようになる感じとか、でも別に自分にとって一番大事なことがそういうことではない感じとか、そういうことではない感じだからこそ別に普通に上手くいく感じがよく書かれていて、久々に読んで、なんてことないところでちょいちょい涙ぐんだりした。
 主人公の美楽の人となりがよくわかるところを引用してみる。

『一週間』というロシアの民謡を最初に聞いた時、変な歌だと思った。でも、わたしは、テュリャテュリャテュリャと歌いながら、ノートを破いて曜日の下に予定を書き入れた。
  日 休み
  月 学校と工房
  火 学校と音楽会の練習
  水 学校
  木 学校と工房
  金 学校と音楽会の練習
  土 休み
 友だちよ、これがわたしの一週間の仕事です。でも、それを告げられる友だちもいない。とはいっても、工房に出入りしていることはけっこうみんなに知られている。こういうところは狭い村(面積はけっこう広い)だと思う。前に通っていた練馬の学校でなら、ちょっと変わったおけいこごとをしていたとしても、すぐに知られるようなことはなかっただろう。
 本当は、もっと工房に行きたい。
(p.77)

 この引用部分のような、主人公の状況から性格から何からの情報を、行為と心情の内に少ない文字数で潜ませたシーンというのは書いていても読んでいても気持ちがよいものだ。
 書き手としての事情を無粋に言うと、主人公の一週間の予定というのは最初に書いてしまえばめちゃくちゃ便利だけれど、どうしても羅列になるから堅苦しいし都合がよすぎて書き手の顔が見えて気持ちよくないという問題を、音楽会での課題曲に絡めて予定表を載せてしまってから歌詞の引用によって総括し、対照的な自分の「友だち」の話に無理なく移っていくのは気持ちがよいということだ。しかも、その全てを踏まえた上での「わたし」の気持ちが最後に浮かび上がってくる。

 また、そんな短いシーンでも、作業と思考――回想と願望――の合間に歌と冗談が息づいているのは、生きてるって感じが十二分にしてくる。十二分にというのは、現実の多くの場面ではこうもいかず、冗談が抜けたり願望がなかったりするからだ。生きてるって感じを抱くのは難しい。けれど、小説でそういう場面を読むことができたら、それでその感じを思い出すことがある。
 だから、こういう十二分な、ある種過剰な場面を読むことは(もちろん小説としてはそればかりでは困る場合もあるけれど)、そのまま生きる歓びに近い。

 ここでギュッとされている一つ一つの要素が、特に児童文学という括りにある作品ではばらばらに一つずつ説明するように書かれていてもどかしい思いをすることも多い。児童向けというのを何か勘違いしているのか、それなら勘違いしたままよくやってきたなぁと感心するのだけれど、自分はこの濱野京子という著者を、すごくえらそうだが、そうではない人だという信頼を置いて読んできた。「作家の読書道」の分量では触れられなかったが、こうの史代が挿絵を描いていた『天下無敵のお嬢さま!』シリーズから読んでいる(全部は読んでない)。
 先日も、刊行されたばかりのアンソロジーに入っていると聞いて図書館に向かい、中学生以下しか利用できない部屋の中にある新刊コーナーから、ルール違反ではないが何となく申し訳ない気分で持ち出して、トランポリンの話かなんて思いながら読み終えて、元に戻して帰ってきた。

 創作を書く上で、地の文や台詞のバランスなど、かなり参考にして真似ていたこともなつかしく思い返す。単に同じような場面と流れを書いてみたくて、設定だけ変えてほとんどそのまんまパクったこともある。信じられない。
 書き手として、上で書いた場面のようなことを、とりあえず普通にできるようになりたいと考えていたのだろう。試行錯誤の跡は、パクったものはともかく書いたものにたくさん残っていて、自分で見ればそれとわかって面白いし、その時の楽しみや嬉しさも思い出せる、気がする。

 そんなだったから、木工に打ち込み始めた少女の気持ちも、意気に感じる師匠の気持ちも、個人的には木工のなめらかな手触りの如く沁み入るというものだ。
 居場所なんてあってもなくてもいいぐらいの大人びた強い子供が、居場所を見つけて何の心配もなく、でもまあできれば好きなことをして生きてやろうかなと思っている姿はやはりよい。生きてるって感じがする、十二分に。

 

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