ナマステラブ

 僕は日曜日の朝っぱらからお父さんの煙草を買いに行っちゃうような活発な少年だ。それでいて親思い、学校じゃ引っ込み思案。この自販機のセブンスターライトのボタンの二つあるうちの右の方の赤く光るとこのど真ん中を僕は何度押したかわからないよ。本当に僕はこれを何度押したんだろう。たばこ税の値上をはさんで、何度押したんだろう。そしてこれから何度押していくんだろう。何のために押していくんだろう、そりゃ煙草を買うためだろ馬鹿ヤロこのヤロー。朝の掠れた僕の声はビートたけしにクリソツで、ひょうきん世代の親戚の間での評判も上々だ。クリソツだ馬鹿ヤロこのヤロー。
「ナマステ」
 僕が小銭を投入していた時、背後から聞こえたインドでいう「おはよう」は、僕をいささか混乱させた。このいささかというのは的確な表現で、僕は意外と冷静に考えることが出来ていたのだ。それによると、ここはインドでは無く日本である上に僕は日本人なので、背後でそれを言った女の子(それは女の子の声だった)がインド人であろうということだった。だから僕は、振り返らずに言った。
「君、インド人?」
「そうよ」
「ゾウを見たら、インドゾウって思う?」
「いいえ。あっゾウ、と思うわ」
「そっか、一緒だね。で、君は、なんで僕に挨拶を?」
「それは、あなたのことが」
「好きだって言うの?」
「そうよ。カレーかあなたかって感じ」
 彼女はそう言うと、楽しそうに笑ってサンダルを引きずる音を響かせながら去っていった。僕はその音を聞きながら、一度も振り返らなかった。帰ってから一日中、僕は彼女がカレーをどのくらい好きなのかについて考えた。うちのその日の夜は外食で、回転寿司だった。僕は寿司が一番の好物だけど、好きな女の子とどっちをとるかといえば好きな女の子だと思った。でも、彼女は違うのだろうか。カレーと好きな男の子を同じ次元で考えられるほど、カレーを愛しているのだろうか。インド人ってそうなのだろうか。僕は来週の日曜日の朝、カレーとナンを持って自販機の前に立とうと思う。彼女が、ナンを何につけて食べるのか、もし僕につけて食べたなら、僕は彼女と結婚しようと思ってるぞダンカン馬鹿ヤロこのヤロー。