Please Grandma, unlock the door!

 三郎丸が家に帰ると、鍵がかかっていた。ピンポン押したけど、誰も出なかった。二階の窓を見上げると、おばあちゃんが三郎丸を見下ろしていた。でも、おばあちゃんはすぐに目を逸らした。
「おばあちゃん!」三郎丸は叫んだ。「開けて!」
 おばあちゃんは窓を開けて、湯呑みからお茶を口に含むと、グチュグチュやってから外に吐き出した。垣根の奥で、ジダジダって聞こえた。おばあちゃんは窓をピシャリと乱暴に閉めた。
「おばあちゃん、開けてよ!」
 おばあちゃんは三郎丸を窓越しに見た。しばらくジッと見た。
「おばあちゃん!」
 おばあちゃんは窓から離れた。
「おばあちゃん!」
 しばらく待っても、おばあちゃんは全然戻ってこなかった。
「おばあちゃん!」
 突然、窓がガラリと凄い勢いで開いた。
「ギャーギャーギャーギャー騒ぐんじゃないよ!」おばあちゃんが顔を出して叫んだ。「騒音孫が!」
 おばあちゃんはメガネをかけていた。老眼鏡だ。
「おばあちゃんはね、老眼鏡を取りに行ってたんだよ。そのくらい待っていてもいいだろう。みんながみんな、お前のように走り回れるわけじゃないんだよ」
「うん、ごめんよ。おばあちゃん、家の鍵を開けてよ」
「おばあちゃんはね、立てないんだよ。リウマチと老いの包囲網が、おばあちゃんをがんじがらめにしているんだよ。下までなんか、とても行けないね」
「エレベーターがあるじゃないか。おばあちゃんのためにつけたのに」
「人間はそうやってダメになっていくんだよ。お前、見ただろう、ドラえもんの映画、のび太とブリキの迷宮、見てただろう。あれを見て、よくエレベーターを使えなんて言えるもんだね。おばあちゃんを、機械におんぶに抱っこの人間にしたいんだ。お見通しだよ」
「そんなことないよ!」
「確かに、おばあちゃんは日に日に衰えるよ。死ぬまで衰え続けるんだからね。わかってるんだ。毎日連続で衰えていく気持ちがお前にわかるかい。毎日連続で衰えるんだよ。成長期のお前にそれがわかるかい」
「おばあちゃんには、知恵袋があるよ!」
「そんなもの。おばあちゃんの知恵袋はね、だいたい伊東家で出尽くしたんだよ。おばあちゃんが知らないのもいっぱいあったよ。ていうか、知らないのばっかりだったよ。しかもね、おばあちゃんが知ってるのはね、そこで、伊東家で、従来のやり方、みたいな言い方でチョロっと紹介されるんだよ。かませ犬なんだよ。かませ犬ババアなんだろ、かませ歯抜け犬ババアだと馬鹿にしてるんだ」
「そんなことないよ!」
「おばあちゃんの知恵袋は、イオンの力と伊東家に、クシャクシャにされちゃったんだよ。なんだいイオンって。だってね、あんた、このご時勢に、風邪引いてネギを首にまきたいかい、どうなんだい?」
 三郎丸は何も言わずにおばあちゃんを見上げていた。
「ルル飲んで寝てたいだろ。別にルルじゃなくても、色んな薬あるよ。沢山ある。諸症状に合わせて色んな薬あるんだもの。そんなに色々あるのに、あんた、ネギを首に巻きたくないだろ。おばあちゃんは首にネギを巻くぐらいしか出来ないけど、なんて台詞聞きたいかい? 風邪でダルい時に、そんな台詞聞いてごらんよ。最悪だろ」
「僕は……」三郎丸は言いよどんだ。
「ほら、何も言えないだろう。知ってるんだよ、お前は知ってるんだ。ネギを首に巻いてもどうにもならないこと、知ってるんだ。いやだいやだ、情報化社会」
「そういうことじゃないよ、おばあちゃん。僕、そんなつもりじゃないよ」
「これからね、あんたみたいな情報化社会肯定派で溢れかえるよ、この国は溢れかえる。いや、世界中が、戦争を知らない申し子たちでいっぱいになるんだ。米兵にこびへつらうクソガキどもが世界中にばらまかれるんだ。英語塾なんか通って。鬼だよ、あんた達は。IT坊やのお面をかぶったパン食の鬼だよ」
「おばあちゃん!」
「その年でお前、三人称単数形を理解してるんだろ。その小さい頭で三人称単数形を理解してるなんて、日本は破滅だよ」
 おばあちゃんは静かに窓を閉めて、カーテンも閉め切った。