助けに来たぜ、多分

 誘拐犯が隠れている場所をつきとめた黒人探偵かはわからないがとにかく黒人のアフリカマンは、日本語がわかっているのかいないのか、警察からの「そこで待つように」という電話での説明にも無言で対応し、みんな心配していたが、案の定たった一人で踏み込んでしまった。
 そこは、郊外にある大きな倉庫だった。アフリカマンは重い扉を開けた。探偵のお約束からして、これはかなり無用心だ。今、アフリカマンは誘拐された子供の安否など全然考えていない。多分考えてないよこの顔は。別のこと考えてる。完全に下向いて歩いてる。
「助けてー! そこのアフリカの人、助けてー!」
 突然、助けを呼ぶ声が聞こえ、アフリカマンはかなりびっくりしたらしく肩が飛び上がった。しかしそこは探偵、すぐに声のした方向を見る。かなり暗いが、アフリカマンの視力をもってすればこんなもの、見るうちに入らない。アフリカマンの視力は、アフリカにいた頃の20.0という驚異的視力は日本に来たことでさすがに失われてプレステも好きで0.06まで落ちたが、このあいだレーシック手術をしたので、1.5まで回復していた。
 アフリカマンの視線の先には、誘拐された少女がいた。どういうわけかブランコに乗っている。ブランコは、お母さんが見たらハラハラしてしまう速度で振れていた。少女が全力でこいでいるのだ。すると、隣に男の姿があるのにアフリカマンは気付いた。男はアフリカマンに向けて銃を構えていた。
「1億円持ってきたのか!」
 男が言い、アフリカマンはちょっとうなずいた。はっきりとは言えないが、多分、今のはうなずいたのだろう。もちろん要求された身代金の1億円は持っていないが、それを持っていることを装って相手に近づき、まんまとやっつけてしまおうという作戦に違いない。アフリカマンはゆっくりと男の方へと歩き出した。
「いや持ってねえじゃん!」
 確かに、腰巻と首に変な木のジャラジャラしか身に着けていないアフリカマンを見ると、どう見てもこれは1億円なんか持っていないし、ていうか財布持ってんの? という感じだった。アフリカマンは立ち止まった。
「じゃあ、あの黒ダイヤを持ってきたんだな」
 アフリカマンは黙っていた。
「持ってきたんだな!?」
 アフリカマンは気分を落ち着けるためなのかどうなのか、首のジャラジャラをいじって少しジャラジャラさせた。
「アフリカの人、喋って!」
 少女も叫んだ。アフリカマンはブランコの真正面に立っていたが、少女はブランコが後ろに行って、また戻ってくる時を利用して、迫り来るようにアフリカマンに叫んだのだった。そして上空へ抜けていった。
「キャンユースピーク? アフリカの人、キャンユースピークなの?」
 少女が訊いた。
「おい、キャンユースピークか、言え!」
 男も訊いた。アフリカマンは何も答えなかった。
「まあ、まあいいや。まあいいよ。よし、とっととダイヤを出すんだ。地面に置け。ダイヤだぞ。持ってるんだろ」
 男は指でダイヤの形を作りながら言った。アフリカマンは肘をちょっと掻いた。そしてまた手を下ろした。
「おい出せよ!」
 思わずそう叫んだのは、ブランコに乗っている少女だった。
「ハナコ、死んじゃうだろうが。お前アフリカ早く、しないとハナコ死んじゃうだろうが。ハナコ今、ブランコを全力でこぐのを、少しでも止めたら、撃たれて殺される設定だろ明らかに。わかれよ、わかれよそこは。誰だよお前、なんだよ。そもそもなんだよ。わかれよ。人質にとられて不安な時に、知らないアフリカ人が、来た時の気持ち、考えてみろよ。味方かよ、どっちだよ、敵かよ」
 その少女、ハナコはブランコの勢いに途切れ途切れになりながら言った。
 それを聞いていたのか聞いていなかったのか、アフリカマンはおもむろに足の裏についた小石を払うと、突然、横を向き、その方向へ全力で走り出した。首につけたものからジャラジャラジャラジャラ凄い音が倉庫全体に響き渡った。
「お、おい!」
 男はピストルを取り出して、アフリカマンが黒い風となって大きなストライドで、円を描きながら走っているところに向けて、とりあえず、大体の感じで撃った。三回ぐらい撃った。アフリカマンの足元で火花が散ったが、なんということもなく、アフリカマンは広い倉庫を一周する感じで元の場所に戻ってきた。アフリカマンは、腰に手をあて、かなりハァハァ肩で息をしていた。
「なんだったんだよ! 今なにがあったんだよ、わかんねえよ私には!」
 ハナコは目をつぶって思いきり叫んだ。
「ダイヤは持ってないんだな!?」
 さらに、男が苛立ったように大きな声で問いかけた。アフリカマンは、それとほとんど同時に、今ちょっと待ってという感じで二人の方に手を出しながら、二回、咳をした。
「お前もう帰れよ!」
 ハナコは思わず、ブランコから尻がずり落ちたやる気の無い乗り方になりながら叫んだ。