僕の就職活動日記

 僕は大相撲のりゆき大学四年生、就職活動がいよいよ佳境に入っている。今日も最終面接にやってきたところだ。
 社長に従って奥まった部屋に入ると、ハンサムな外国人が二人、長さ1メートルほどの棒の端と端をつかんで、引っ張り合っていた。一方が棒を勢いよく引き寄せるたびに、逆側の外人の肩が外れそうになって、うめくような英語が聞こえた。見ていると、棒を上下に激しく揺すぶったり、後ろ向きになってみたり、動きにバリエーションがある。それにしても、彼らは棒を引っ張り合いながら部屋中移動しているが、特に終わりはないらしく、むしろ決着がつかないように力をセーブしているようにも見える。
「怪しんでいるね、相当怪しんでいる。大相撲くん、その通りだ。これは我が社の最終就職試験なのだよ」
 社長の威厳ある言葉に、僕はやっぱりなとハンカチを取り出し、鼻をかんだ。英国紳士のやり方だ。
「二十世紀末以降、この国のあらゆる企業の特にやることのない人事部が就職試験をより物珍しい方へエスカレートさせていったことは知っているね。他でもない我が社の人事部も退屈だったのだ。さあ大相撲くん! この状況で君はどうする。それが君に与えられた最後の試験だ」
 社長が言い終わると同時に、おそらく僕をチェックする係であろう部長クラスが、テクノロジーで床下からせり上がってきた。これだ、このテクノロジーに惹かれて御社を希望したんだ。
「5秒前、4、3 …………タイム・アタック!」
 部長クラスが叫び、プールに絶対置いてある赤と青で数字が書かれた白いタイマー時計を作動させた。それも一緒にせりあがってきたことも付け加えておこう。
 僕の脳はたまにそういう日があるように凄く活性化し、もう豆電球がつきっぱなしだった。この試験は、棒を奪い合う外人をどうのこうのすると言うよりも、未知の状況に直面した時の態度や行動を見るテストに違いない。実際問題、答えはそこに無いのだ。僕の耳穴のへりにこびりついている『過程が大事』という言葉が赤い光を放ち始め、先端が光るアイディア耳かきを使った時と似たような結果になってゆく。そう、このテストは喩えるならば、分度器で測ると不正解になるタイプの問題。あせらず、慎重にやるならやらねば
 しかしもちろん、タイム・アタックといわれた以上はゆっくりしている暇はない。すべるような動きでマーケティング調査にうつる。この外人は何を求めているのか、それを見極めにかかる心眼で。
「……棒?」
 つぶやいた瞬間、チェック係の部長があごに手をあてて「ほほう」と言った。第一関門突破。
 続いて、外人二人組の表情をチェックする。棒を取り合っているのは、本気なのか、冗談なのか。どっちだ……? 目を見れば、わかる! 目というか全体の雰囲気で! ……間違いなく本気だ。どういうわけか知らないが、彼らは本気で棒を取り合っている。
「二人とも落ち着きなよ。話あるんなら聞くよ、僕でよければさ」
 僕は外人二人に近づきながら言った。チラリと部長クラスを見ると、椅子に寄りかかって鼻をほじっている。小さく「田中義剛」という声が聞こえた。しまった、間違えた! ……馬鹿なっ、何が違うっていうんだ。本気で棒を取り合う外人に、まずは落ち着くように……これの何が……。その時、僕の頭の上の豆電球が直列になった。
 僕は迷いの無い動きでカバンに入っていたミネラルウォーターを取り出し、キャップをあける。そして、チョンマゲの国会議員が乗り移ったような鮮やかさで、水を外人二人にぶっかけた。
 一瞬あっけに取られた外人だが、すぐに英語で騒ぎたて始める。それぞれが棒の端と端を持ったまま、鬼の形相で詰め寄ってくる。それを、母ちゃんに比べたら全然という剛田武の考え方で自らを奮い立たせ、無視。全ての知識を総動員して内定を取りに行く。
 外人たちは、今度は少し距離をとり、いきなり走ってくる。ウェスタンラリアットの位置に固定された棒が目の前に接近した瞬間、僕はめだか師匠の大きさまで膝を屈伸させていた。ホワット的なことを口走る外人の声が低くなっていき、誰か偉い人のぶっ倒れる音がする。
「シャ、シャチョサン!」
 めだか師匠の目線の高さを保ったまま、外人のユニゾンで社長が床に沈んだことを確認し、振り返る。そして言い放つ。外人に言い放つ。英語で言い放つ。
「アイ・キャン・スピーク・イングリッシュ。マックスパワーだ!」
「ほほう」
 だろ。グローバルな人材を求めてるんだろ? お見通しさ。行くぜ。このまま全員を気絶させて、内定にドリフト駐車だ!