しゃらくせえ

 君の通う中学レベルならば、左腕のみを異常に鍛えるだけでも番長にのしあがれる。ちょっとダラダラしてしまって、中2の春から慌てて鍛え始めたとしても、中3の夏には番長シオマネキとして好きな菓子パンを好きな奴に買いに行かすことができるし、夢だった口ひげを生やした舎弟も君の支配下だ。
 しかし、高校に進学すれば、そこは本物の不良が織り成す実力(じつりき)勝負の縦社会。番長は言う、俺とくる奴は狼だと。みんなそういう気持ちでやっている。生半可な決意でやっても、体のバランスが悪い奴から狙われるだけだ。不良界では、体のバランスが悪い順に決闘していくことになっている。
「一番手は……」
 番長は自分の舎弟を順番に見ていく。番長は、舘ひろしに憧れているんだろうな、と一目でわかるサングラスをしているので、どこを見ているかわからない。リーダーたる者、部下の緊張感をいつもいつまでもシャキッとさせておかなければならない。番長は顔の向きとは全然違う方にいる君を指さした。
「シオマネキ、お前だ。がんばって四人ぐらい倒すこと。ただし、特に倒さなくてもいい」
 番長は自分の戦いまで時間があるので『Dr.スランプ』を読み始めた。それは、お前の代わりはいくらでもいるというメッセージだった。
 左腕だけを筋トレするからこういうことになるんだ。君は恐怖で動けない。百人の不良が君を見てる。不良が百人集まった時、ろくなことが起こらないと大人達は言う。4人いればまず麻雀を始める不良だが、百人いたらどんなろくでもないことになってしまうのかは、偉い学者や評論家にもわからない。表やグラフを使ってみても全然わからなかった。
 ここにいるのは全員、平気な顔で女友達や動物とも拳で語り合う生粋のワルどもだ。親が、自分が育てておいて引くほどの上級ワル。君は、自分は違う、と思う。俺は、シオマネキは、志村どうぶつ園を毎週見ている。俺の心はポカポカして、やわらかい間接照明で、犬はずっと走り回っているし、猫は自然界でやっていけないほど太っている。パチンコ屋に放り込んだら死ぬまで丸まっているといわれるあのハリネズミでさえ腹を出して寝ており、時々起きてドリンクバーの方へ行く。その時、空のコップを持ってドリンクバーへ向かうハリネズミが君を振り返った。君を100%信用しきっている顔だ。普通に歩いていると左へ寄っていってしまう君を、まだこんなにも信用してくれている。今、君の目覚める時!
「俺の、俺の話を聞け!」
 君が叫ぶと、クレイジーケンという囁きが右の方から聞こえたほかは静かになった。
「……敵も、今まで味方だった不良どもも、耳の穴かっぽじってよぉく聞きな! 俺は、たった今、なんかもう飽き飽きしたのよこの不良界に! つっぱりくたびれたし、リーゼントをセットしくたびれた。朝、洗面所が混んだ。全部くだらなかった。だから宣言する!! 俺は今、この瞬間、しゃらくせえ不良界から引退する!! 既に、頭の中で、蛍の光の一番を歌い終えている。もちろんただ足を洗うだけじゃ納得しないだろうからよ、二番が始まったら、かかってこいや!! まとめて相手、するから!!」
 手を、来いよ、全力で来い、の形で動かし言い放ち終わると、心の中の動物達が、前の列から順番に立ち上がり、ちょっと上を向いた。全員、みんな二番知ってるだろと高をくくった毛並みをしていた。