ある日のサークル

「俺は筆美ちゃんに告白する。だからみんな手伝え」
 サークルのサークル長(筆者はサークルのことをよく知らないのでサークルとはいったい何でそんでサークルの中でどういう役割があったりなかったりするのか知りません。大学の学食のメニューも全然知りません)の声に応じて集まったのは、全員が全員、スポーツのことはよく知らないのにオリンピックを見まくって「外反母趾が、じゃねぇよ」などと好き放題言う精鋭たちであった。
「でも、筆美ちゃんには彼氏がいるじゃないですか」
 勢いよく手を上げたのは、母親の悪口がおもしろい津田だった。こいつは母親を本当にぼろくそに言う。この前おもしろかったのは、「カレーにでかいジャガイモいれんなババア」という話であった。「あんなもん、ただジャガイモ食ってるのと同じじゃねぇか。全然、この、ルーがからまねぇよ、でかいジャガイモにはルーがからまねぇんだよ。ホクホク感、じゃねぇよ。そんなもんカレー食ってる時に求めてねぇし大体ホクホク感ってなんだよ。熱いイモにしか使わねえじゃねぇか。熱いイモの食感をいいように言いやがってクソババア、言葉の魔術師か」
「そうだそうだ」
 合いの手を入れたのは、金属アレルギーの権藤、そのくせオシャレ大好き権藤である。クロムハーツ・皮膚科・クロムハーツクロムハーツ・皮膚科・皮膚科・皮膚科の毎日。その合間にサークルへ顔を出すが、今日もたまたま来ていた。
「筆美ちゃんとその男は、かなりラブラブという噂ですよ」
 うんざりしたような顔を見せたのは、腹話術の人形を買ったらいきなり口のとこが壊れて開きっぱなしになってしまった細貝だ。それ以来、いっこく堂への恨みは募るばかり。いっこく堂が巧みな芸で魅了しなければ、自分はこんな無駄な買い物はしなかった。細貝はそう思っている。どのゴミの日に出しても一向に人形が回収されない日々が、いっこく堂へのイライラを日増しに募らせていた。
「だからそこをうまいことやるために作戦をたてるんじゃないか!」
 サークル長が大きな声を出した時、部屋のテレビが突然つき、砂嵐が音を立てた。全員そっちを振り向いた。
 砂嵐が少しずつまとまってくると、ぼんやりと人影が映り始めた。やがてその影がまとまってくると、顔や体つきがわかるほどまで映し出されてきた。やがてよりクリアな映像となり、それが知らない人だとわかり、しまいには知らない人が鮮明に映し出された。知らない人は中日ドラゴンズのキャップをかぶり、ピンクのポロシャツを着ていた。背景は黒い布のようなものでおおわれ、茶色いソファに座っているのだけがわかった。知らない人は画面には映っていないがすぐ下にあるらしいテーブルか何かに手を伸ばし、目線もそこにやった。何かを持った手が画面の中に出てきて、すぐに電動ヒゲソリだとわかった。知らない人がスイッチを入れたらしく、電動ヒゲソリが震える音がし始め、アゴにあてがわれるとバリバリと音を立てた。知らない人はカメラ目線で手だけ動かしてヒゲを剃った。時々ちょっと左右を向き、アゴを上げながらも、カメラからずっと目を離さなかった。サークルの面々はそれをじっと見ていた。
 知らない人はヒゲを剃り終えて電動ヒゲソリのスイッチを切ると、それをテーブルに置いたらしい動きを見せた。そして、アゴを撫ぜまわしながら深いため息を一つつき、しゃべり始めた。
「何ごちゃごちゃやってんだ、お前らは。何をごちゃごちゃごちゃごちゃやってんだっつってんだよ。まずお前、お前は母親をもっと大事にしろ。親孝行しろ。カーネーションを贈れ。そこのアレルギーのお前はオシャレを止めろ。そして気をつけて日々生きろ。ベルトのバックルとか気をつけろよ。アレルギー体質なんだからな。おい、そこのお前、たぶん粗大ゴミだ。ゴミ袋に入らなきゃ粗大ごみなんだよ。それでももしあれだったら収集所に電話しろ。そして聞け。聞けばすぐだ。どうしてお前らはごちゃごちゃごちゃごちゃ、結論を先延ばしにするんだ。どうして結論を二十代前半にまで持ち越すんだ。やるべきことは今やれ。急ピッチで、16ビートの生活感を刻め。そこのお前、お前は告白でもなんでもしろ。そしてフラれろ。お前は200%フラれる。どう考えても無理。太ってるもん。お前はドラえもんで言ったらきっとジャイアンのポジションだけど、ジャイアンはお前よりハンサムだよ。お前はジャイアンよりモテないんだ。肝に銘じろ。俺はジャイアンよりモテないんだ、と寝る前に言い聞かせろ。このままじゃお前はダメだ。このままじゃお前らは……いや、もういい、もう今言ったことは全部忘れろ、勝手にしろ。もう終わりだ。もうお前ら全員死ぬまでロクなことがないぞ。お前らの未来のテーマソングは――」
 そこでテレビが突然切れた。