冒険野郎新記録

 大地が割れていたら、冒険野郎としては、向こう側へ向こう側へのバイオリズムが全身を駆け巡る。住んでいるマンションの一階にコンビニがあるとしても、少し遠い大地の裂け目の向こう側のコンビニへ、それが冒険野郎の心意気だ。血が出るまでは無茶を、あなたに微笑みを。
 生粋の冒険野郎、タカヒロ野郎は、今、大地の割れ目、それもアラレちゃんが地球にパンチして出来る裂け目でなく、『漂流教室』の最後の方で飛び越えるような大き目の割れ目の前にいた。タカヒロ野郎のやり方は独特だと聞いている。タカヒロ野郎は長いハシゴを持っている。これを割れ目に渡し、たのではただの渡りたがり屋さんだ。ただの渡りたがり屋さんか! である。そんなことをしたら「向こうに用事でもあるの?」と聞かれてしまう。冒険野郎としてそれ以上の屈辱は無い。冒険野郎は、一般人にもわかるほど、見た目冒険していなければならない。
 タカヒロ野郎のやり方はこうだ。まず、割れ目の淵に立つ。そして、5mほどのハシゴを地面に突き立てる。全然突き立たないが、それでよし。万全を期さないところも冒険野郎のチャームポイントだ。そして、そのハシゴを、誰も支えていないハシゴを、大急ぎで上り始める。急がないと倒れる。なんとか上りきったら、もうその時には、ハシゴは自然と割れ目に向けて倒れ始めている。行き先は、割れ目の向こう岸だ。こうすることで、俺としては単にハシゴをのぼっていただけなのにいつの間にか割れ目ちゃんを渡っていました、本当に嬉しいというかホッとしたという気持ちです、というこの動き。算数の、正方形を直線に沿って無意味に回転させる問題から導き出した、冒険野郎からの一つの解答である。
 このタカヒロ野郎のやり方に異議を唱えたのが、アメリカのマイケル野郎である。マイケル野郎の言い分は、「それじゃあ、仮に真ん中へんで倒れたとしても、ハシゴがかかって助かるじゃないか」というものだった。これに対するタカヒロ野郎の一つの答えは「うるせーバカ、じゃあお前やってみろ」であった。マイケル野郎は、すぐ悪口を言うタカヒロ野郎を相手にせず、新しいやり方、より失敗したら助からないやり方を発表した。
 マイケル野郎のやり方はこうだ。いったん割れ目に飛び降り、そして二時間後ぐらいに、チョコレートと水分だけを摂取しながら向こう側に上がってくる。このシンプルさ、まさに冒険野郎としての原点回帰といえる。マイケル野郎がこのやり方を発表すると、現役の冒険野郎達からの反発の声とは逆に、OB野郎達からは賞賛の声があがった。古き良き冒険野郎がITに待ったをかけるのだ。
 割れ目を目の前にして、タカヒロ野郎は準備運動をしているマイケル野郎に言った。
「冒険野郎とはいえ、死んだら冒険野郎として失格だ。お前はそれをわかっているのか」
「大丈夫だ」
「飛び降りる時点で死ぬぞ!」
「いったん飛び降りるだけだから大丈夫だ」
「……」
「いったん飛び降りるだけで死ぬはずが無い。いったん飛び降りるだけだから」
「くっ……」
 タカヒロ野郎は、その後、心の中で、なるへそやられた、なるへそ、と繰返すだけだったが、同時に、どうすればもっと死にそうかを考え始めた。もっともっと死にそうな、冒険野郎世界新記録のやり方を。……睡眠薬を服用して飛び降りてやるか。俺は眠れない夜に睡眠薬を服用してから、急遽いったん飛び降りてやろうか。でもそれだとパクリと言われそうだから、ハシゴを縄のハシゴにしたらどうか。