お前なんか忍法で

 鬱蒼とした森の中のエッセンスがここだけ濃縮して怖い、なんかもののけ姫みたい、そんなところにニンニンアカデミー(忍)はある。ここでは忍者の卵たちが一人前の忍者になるため、自分達のことを決してニンタマと言わずに日々訓練をつんでいる。ニンニンアカデミー(忍)は七つのクラスに分かれており、上に行くほどよりより忍者忍者していく仕組みである。それが一目瞭然となるよう、上のクラスに行くにつれて忍者服を着ていけるという逆野球拳方式を採用している。そのため、一番下のクラスはブリーフ一枚で暮らすことを余儀なくされ、そのまま食堂にも出入りする。忍者の道を諦め、辞めていく者もいるが、その理由の大半は「寒い」というものである。四月に入学し、冬場までに最低でも一つ進級しなければ、鉄製でひんやりした手裏剣を懐(ブリーフ)に忍ばせるのも命がけなのである。
 アカデミーの最上級クラスは、雅(みやび)組である。この寿司屋チェーンの一番高い盛り合わせセットみたいな名前のクラスに所属する生徒は、いうならば明日の忍者である。その格好は、どこからどう見ても忍者。こんなに忍者に見えてしまって忍者としてどうなのか、と思うほどだ。こいつら外人だったら絶対スパイになってる。その雅組でもトップクラス、もうほとんど忍者へのカウントダウン(スリー、トゥー、ワン、忍者)は始まっているよという者が二人いる。コソドロ藤巻先輩と、スタコラ佐々木先輩である。そして、この二人はともにブリーフ一枚だった頃からのライバルであり、学内で派閥ができるほど激しくいがみ合っていた。地下足袋を隠しあい、手裏剣に落書きしあい、先生にチクり合っていた。
 どうしてだ、どうして才能に恵まれた二人がこうも地下足袋を隠しあうんだ。ニンニンアカデミー(忍)としても、この確執を放っておいたまま二人を卒業就職させるのは、忍びの道をゆく者として忍びないとかなんとか言い、いやいや第一、二人のためにならないとし、アカデミー理事長を務めている伝説の忍者、人呼んで「忍者の中の忍者」、小学校の同級生呼んで「まさかお前が忍者になるとは」のニンポッポ藤巻自ら、二人の対決を取り仕切ることになったのだった。
「二人藤巻かよ!」森の忍者フィールド(忍者が美しく戦いやすいよう植林しまくった場所)を取り囲んだブリーフ一枚、もしくはブリーフ一枚で腕にアミアミをつけた忍者一年生たちが口々につっこんだ。一応、忍者フィールドとの境は赤いビニール紐で遮ってある。
 忍者フィールドの中央にはニンポッポ藤巻が座っていた。いったいいつ始まるのか、と周りはざわざわしていたが、やがて、スタコラ佐々木が姿を現した。いつの間にか、ニンポッポ藤巻の隣に立っていた。
「忍法で走ってきました」スタコラ佐々木は口に黒い布が巻いてあるにもかかわらず、はっきりした声で言った。
 スタコラ佐々木派の、ブリーフをはいた一年坊達は沸き、上半身こそ忍者服を着ているが結局ブリーフが丸出しの中等クラスは「ほほう」という顔をして拍手した。コソドロ藤巻派の忍者の卵は激しいブーイングをした。
 しかし、それからいつまで経ってもコソドロ藤巻が現れない。どうしたんだコソドロ藤巻は。逃げ出したのか。コソドロめ。スタコラ佐々木派のニンタマ達から挑発の声が飛ぶ。しかし、理事長も藤巻なのが災いし、いまいち悪口にキレが無い。
 するとまた、いつの間にか、ニンポッポ藤巻理事長とスタコラ佐々木のいるすぐそばの木の一番下の枝に、コソドロ藤巻が背中の部分だけで張り付いていた。気をつけの姿勢で、枝の下に張り付いている。
「忍法で昼飯を食べてたら遅れました」
 その頼もしい声に、待ってましたとばかりにコソドロ派のブリーフ軍が叫んだ。やったぞ、藤巻先輩の方が登場が派手だった。異様な盛り上がりに、スタコラ佐々木派は大人しくしているほかなかった。
「時間にルーズなクソ野郎め……忍法で殴り殺すぞ」場が静まると、スタコラ佐々木がコソドロ藤巻に言った。
「蹴り殺す忍法で蹴り殺してやる」コソドロ藤巻も負けていない。
 睨み合った二人のあまりのド迫力に、ブリーフ達は黙るしかなかった。やべえ、ああいう人達が本当に忍者になってしまう人達なんだ。俺達とは、基礎体力が違う。
「お前なんか忍法でめった刺しだ」
「五秒だ。五秒で忍法死させてやる」
 ここでニンポッポ藤巻理事が動いた。立ち上がった。この口論のまま忍者バトルに突入したのでは、どちらかが死ぬ。忍法死する。それはさすがにまずいと考えた理事会側から、ニンポッポ藤巻のイヤホンに「安全な方法で戦わせてください」と無線連絡が入ったのだ。
 ニンポッポ藤巻はタネもシカケも無い忍術で、半紙と筆を出現させた。ほんの少し煙が出た。しかし、あんな少しの煙で済むなんて。あちこちでため息が聞こえた。そしてさらに、筆は墨をほどよく含んだ、たっぷりつけて縁でちょいちょいとやった時のベストな状態になっていた。墨を筆に含ませておく発想、その按配、全てが桁外れだ。それから理事長は、ニントモニントモというゆったりとした動きで筆を右手で長く持つと、半紙にサラサラと何かしたためた。そしてそれを、また忍術で、人差し指でエイッとする動きで、空中を飛ばし、そばの木に勢いよく貼り付けた。
『体当たりのみ』
 小学生みたいな字だった。
「体当たりのみの対決だ!」「忍法関係ねぇ!」「字ぃ汚ぇ!」
 卒業生の八割が土木作業員になるというブリーフのニンタマたちが叫びたてるのとほとんど同時に、ドジャーン! バトル開始を告げる銅鑼が鳴った。銅鑼を鳴らした生徒は鎖帷子を着ていたが帷子越しにブリーフが目にチカチカした。それを一瞬見てフィールドを振り向くと、もうニンポッポ藤巻理事長はいなかった。
「お前なんか忍法で体当たりし殺してやるよ!」対決する二人は同時に叫ぶと、目にもとまらぬ動きで後ろへ跳びすさり、一瞬にして距離をとった。なんというスピード。でもどうせ体当たりするのだ。


●ブックマークコメント返事!
ニントモニントモはわざとです。ニントモカントモじゃやっぱネガティヴな意味になっちゃうので、ゆったり感だけ表現したくてそうしたんですがやっぱ伝わりませんでした。でもぼくはわかるので変えません。