一線を越えるか越えないかのチャーハン対決

 二人の対決は最後のチャーハン勝負にまでもつれこんでいた。
 体中のありとあらゆる力を眉間に集中させて口の中にまずは1番のチャーハンを持っていった審査員のミスターチャーハン岡中ムサシ、通称パラパラムサシは瞠目した。シュビドゥおいしいぞ。
「パラパラの野郎、動きやしねぇ!」
「何も言いやしねぇ!」
 料理対決の観客は何が楽しくて見ているのかと訊かれれば、何よりも、ちゃちゃを入れることだと言える。料理が食べられるわけでもない、審査できるわけでもない、でも、俺たちには口でやいのやいの言える権利がある。みんなそう思って、立ち見しているのだ。
「あの黄金チャーハンハンが、パラパラの動きを止めちまったんだ!」
「いったい、いったいどんな味だってんだってんだ!」
 あらかじめ発表されていた『黄金チャーハンハン』という名前が全てを物語っていた。1番の黄金チャーハンハンは何の変哲も無いチャーハンに半ライスをつけたというメニューで、ご飯にご飯かよと思ってしまうところを、半ライスの方はもう逆に残しちゃってくださいと言い張ることにより、そう言われるとなんだかチャーハンが特別なものに思えてきておいしさが気分的に1.2倍ぐらいになるというアイデア料理だった。
「どちらのチャーハンか知らないが、これはやられました」
 パラパラムサシはそれだけ言って、2番のチャーハンの皿を引き寄せた。それには、何て呼ぶのか見当もつかないあの銀色の覆い(取っ手つき)がしてあって、中は見えない。コンパニオンの女が、おもむろに名前のわからないそれを取った。みんなの耳に、ジャ〜ンという効果音が聞こえた気がした。
「あ、あ、あ、あ、あれはぁ!」
「なんてこった!」
 あれはチャーハンなのか。そこには、皿が二つあった。一つは、むき出しの寿司。一つは、ラップのかかったお皿だった。水滴で中は見えない。しかし、ラップの上にあるメモは見えた。そこには、こう書いてあった。
「なんだって、『チャーハン:お父さんの分』だとぉ!」
「それじゃ、パラパラムサシはチャーハンの試食が出来ねえじゃねえか!」
「そんなことしたら、遅くに帰ってくるお父さんがお腹をすかせたまま寝ることになる!」
「寿司の方を残しておくのは衛生面からいってちょっと不安なんだ!」
 その時、コンパニオンが説明文を読み上げた。
「料理名は『チャーハンとか』です。お寿司の方を食べてください」
 観客は騒然とした。
「お寿司って言っちゃったよ!」
「料理名という仮初めのベールはもはやこの時代、無意味なんだ!」
「こぉれはやりやがった!」
「禁じ手のラインの白線の内側で正々堂々と勝負してきやがった!」
「いや、これはもう白線踏んでやがる!」
「でも、内側だ!」
 パラパラムサシは厳しい表情のまま、寿司を見つめた、寿司を。その表情は怒っているように見えた。しかし、鯛の握りを口に放り込むと、その表情は一変した。
「うまい、うまいよ。こっちのがうまいよ。だって寿司好きだもん。一番好きだもん。だから優勝だよ、優勝」
 2番のチャーハンは、やはりと言うか、伝説のそして悲しみの料理人、信玄餅ヒデアキのものだった。信玄餅は、賞金三百万円の小切手をもらうと、颯爽と会場を後にした。