『二列目の人生 隠れた異才たち』池内紀

  

二列目の人生 隠れた異才たち (集英社文庫)

二列目の人生 隠れた異才たち (集英社文庫)

  • 作者:池内 紀
  • 発売日: 2008/09/19
  • メディア: 文庫
 

  

 本書はなかなか思い出深く、油屋熊八とともに湯布院を温泉地にした中谷巳次郎の話を比喩に借りたこともある。そんな例は山ほどあるが、引用文献のように出すわけでもないから人に言及されるはずもないので、こういうところで、著者の没後とはいえ、ささやかな恩返しをしたいと思う。なるかどうかはともかくとして。


 本書に紹介されている尾形亀之助は生涯、定職に就かず、ほとんど仕送りのみで生活し、二人の妻との間に六人の子が生まれ、実家が没落するともちろん窮乏、生老病はもちろん、四つ目の苦しみにも、苦にしてるんだかしてないんだかふらふら向かい、食べることも含めて何もしない、そうすれば自然に死ぬとか言いながら、そのように死んだ。
 いがらしみきおが同郷のよしみか読んでいると書いていたのを見て以来、自分にはけっこう昔から馴染みのある詩人だが、紹介は本書に任せてしまいたいと思う。遺作となった詩集は『障子のある家』である。

 詩集自体が遺書のようにつくられており、おしまいの後記が直接二人の子供に、また父と母に語りかけているが、それがこの上なく率直に彼の人柄と思想をあらわしている。先の一つ、二人の子供「泉ちゃんと猟坊へ」は、「元気ですか」ではじまって、まあ元気でいるのだろうと述べ、元気ならいずれひとりで大きくなる、どんなに親子が頬をくっつけ合っていても同じこと。「お前達の一人々々があつて私があることにしかならない」からだ。
 女の子は女の大人になるし、男の子は男の大人になるが、それはかなり「面白い試み」にちがいなく、それだけでよいのであって、父はべつにお前達二人が姉弟だなどということを教えているのではない。「親」というものが女の子を生んだのに、それが男になったりするほうが面白いのであって、親子の関係がそんなふうにだんだんなくなり、夫婦関係や恋愛もそうなっていくのはよいことだ。
「相手がいやになったら注射一本かなんかで相手と同性になればそれまでのこと、お前達は自由に女にも男にもなれるのだ」
(p.152) 

  要約のため少しわかりづらいかも知れないが、「泉ちゃんと猟坊へ」の途中で「泉ちゃんが男の大人に、猟坊が女の大人にといふやうに自分でなりたければなれるやうになるかも知れない。そんなことがあるやうになれば私はどんなにうれしいかわからない」(『現代詩文庫 1005 尾形亀之助詩集』p.88)とある。

 こういう思想が育まれるのに――好んでする言い方ではないが――芸術の、文学の、詩の力があったことは当然だろうけれど、それらはまちがっても、現在盛んに書かれるようなLGBTQを話題にしたものではない。そんなものは、そう名指しされたものとしては存在しなかったからだ。
 能町みね子が彼のこの記述を挙げて「彼が生きたのは明治から昭和初期です。その時代にこんな考え方ができる人がいたんだと、驚きました」と読書インタビューで答えていたが、「こんな考え方」は人権意識でも寛容性でもなく、「お前達の一人々々があつて私があることにしかならない」という自他の隔たりに対する「どうでもよさ」「どうしようもなさ」が極まった形ととるのが自然だろう。
 それは、詩を最優先する心根や、言葉に触れ続ける生活が生んだものかも知れない。『月曜』などの詩誌の主催をしながら、こんな思いを抱いていたことが、後記に書かれたもう一つ「父へ母へ」から知れる。この後記の冒頭は「さよなら。なんとなくお気の毒です。」から始まる。

 私はやがて自分の満足する位置にゐて仕事が出来るやうにと考へ決して出来ないことではないと信じてゐました。そのことを私は偉くなると言葉であなたに言って来たのですが、私はそれらのことを三四年前から考へないやうになり最近は完全に捨てゝしまひました。私の言葉をそのまゝでないまでもいくらかはさうなるのかも知れないと思はせたことは詫びて許していたゞかなければなりません。

 (『現代詩文庫 1005 尾形亀之助詩集』p.89)

  一人の人間が、誰かに、それがたとえ親子という関係であろうと、何を言えるか、何の責任があるか。世間的な目で見れば、尾形亀之助の人生には親に詫びるべきことは他にいくらでもあるが、あらゆる関係に実を見ない彼が詫びるのは、言葉の領分――自分の言葉が真実でなかったことに限られる。

 何かに人生を捧げる人間がその何かに力強く目を向け続けることで、その副産物といっていいのか、人間評価を簡潔で清廉なものにしていくという場面を見て少し痛快に思えてしまうのは、真に理想的な態度というものが、知識によって作られるものではないことを突きつけられるからだ。
 ここ半年ほど、自分は訳あって、しばらく前に読んでいたジーコに関する本を片っ端から再読していたのだが、長年ジーコの通訳をしている鈴木國弘は、三十年前のこんなエピソードを紹介している。

 鹿島がブラジル遠征に行ったとき、明らかにゲイと分かる主審がついたことがあった。新しいスタジアムのこけら落としで、勝ったら記念に残ると、オレたちはすごくその試合を大切に考えて戦った。オレなんかは、ついついその主審の、ちょっとプロの試合にはそぐわないんじゃないかと思える柔らかな物腰に試合中からヤジってしまっていたんだけど、そのときにジーコが割って入って「いや、あいつはきちんと笛を吹いているよ」と平然と言った。
(『神の苦悩 ジーコといた15年』p.235)

 この発言と同じ頃と思われるが、ジーコには、遠征先のホテルの深夜、(部屋を勘違いして)薄着で自室に入ってきたトレーナーを「ビアドーン(オカマの王様)」というニックネームで呼び、呼ばれた当人も含めてそれを楽しんでいたという話がある。
 この二つの出来事から考えるに、ジーコの「いや、あいつはきちんと笛を吹いているよ」という発言を支えていたのは、ジェンダーに関する知識や配慮や思いやりや道徳心などではもちろんなく、そんな些末なことに気を取られる暇のないほど真剣にサッカーへ取り組む気持ちでしかなかったのだろう。
 尾形亀之助が性別など気にするほどのことでもないと言明するのにも似た、知識やそれに基づく習慣が形成する模範的態度には到達できない凄味がそこにはある。

 それがどこのどんな誰であろうと、何の衒いもなく「いや、あいつはきちんと笛を吹いているよ」と評価されるのが理想の社会で、今、そんな社会を目指して世相は動いているけれど、その圧倒的に正しい動きに対する一抹の違和感も、こんなところにあるように思える。
 そんな社会を目指す手段として「これはどうでもよくないことだ」というメッセージが、それぞれの性格に応じた態度で世間に発されて世論を作る時、真に理想的態度であるはずの「どうでもよい」は捨象されかねない。畢竟、その言葉はどこか空疎なものにならざるを得ない。
 その意識が社会に行き渡るまでは存在するこの矛盾に、だからどうするという案は自分にはないが、自分なりに「どうでもよい」と思いながら、黙りこんで日々を生きている。

 

 

神の苦悩-ジーコといた15年

神の苦悩-ジーコといた15年

  • 作者:鈴木 國弘
  • 発売日: 2007/05/11
  • メディア: 単行本
 

 

湯布院発、にっぽん村へ

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