パー憧れ

「現場に急行せよ急行せよ!」
 カッキーマンは、誰も命令してくれる人がいないので自分で言うのである。景気がついてきたので、フロントガラスを洗う水を噴き出すスイッチを押して秘密機能がついている雰囲気を堪能すると、ぐっとアクセルを踏んだ。車は速度を上げて他の車を次々追い抜かしていく。これならあとちょっとで着きそうだ、と思ったその時、
「おや、何かが追っかけてくる……あれは……白バイだ」
 白バイはクルクル回る赤い光を放ちながら猛スピードで近づいてくると、話しかけてきた。
「青い車、止まりなさい。左に寄せて止まりなさい」
「まったくもぉ〜。こんなことしてる場合じゃないんだけどなぁ」
 カッキーマンは鼻まで隠れたマスクの上から頭をポリポリかきながら車を安全な場所に止めると、だんだん腹が立ってきて、鼻息荒く飛び出して行き、車がビュンビュン通り過ぎていく5センチ横に立ち、マントをはためかせた。腕組みをし、つっぱらかした右足でぱたぱた地面を叩きつつ、白バイ隊員がやってくるのを、遅い、遅すぎる、といった様子で待ちわびていた。
「こっちこっち。まったくもう。僕は早く現場へ行かなくちゃいけないんだよ。呼び出しなんだ。用事があるならあるで、三つ数えるあいだに早く終わらしてくんないとなぁ……」
 白バイ隊員が黙っているので、カッキーマンは、ふう〜む、と厳しい顔でうなって数を数え始めた。
「ひと〜つ」
「ふたぁ〜〜つ」
「みぃ〜〜〜、〜〜〜っつ」
 白バイ隊員はバイクのふたを開けて、書類をがさごそやっている。気まずくなったカッキーマンは後ろから近づいていった。
「サイン?」
 それでも返事が無いので、白バイ隊員の肩に顎を乗せて覗き込んだ。
「もしかして僕のファン? でもサインはダメだよ。字が下手だから。あはは」
「スピード違反」
「えっ……なーんだそんなことか。正義のヒーロー、カッキーマンにスピード違反もないもんだなぁ」
「119キロ出てたからね。この道は60キロ制限で、標識もほら、ちょうどあそこに出てるね。見て。スピード違反、わかるね。見て。ちゃんと見て。そう。わかったね」
「え? 僕の車は、時速?」
「119キロ」
「じそ〜く119キロも スピード違反じゃな〜いよぉ」
「パーマンはそう。でもパーマンじゃないからスピード違反だね。59キロの速度超過、わかるね」
「待て待て待てーい。待ってください。……う〜ん、僕もヒーローなんだけど、知らないのかなぁ。カッキーマン。おっくれてるなぁ。テレビ見ない人?」
「何チャンでやってるの」
「YOU TUBE」
「それテレビじゃないからなぁ」
「僕のブログからも見れます」
「だからテレビじゃないだろ」
「僕のブログには、ミスアンダースタンディングさんのリンクからも飛べます。下から二番目です」
「聞いてないし、誰かなそれは」
「うーん、えーいえーいうるさいなぁ! 冷静沈着、低血圧な奴だ。とにかく僕は急いでるんだから、もう行くよ。事は一分一秒を争うんだかんな。君も余計なおせっかいはよして、もっと世のため人のために頑張ろうよ。僕も頑張るから、一緒に頑張ろうよ」
「わかったわかった。わかったからね」
「そんなこと言って、わかってないんだからなぁ。やいやい、いいかい。僕は正義のヒーローなんだからね。パーマン、ライダーマン、グレートサイヤマン、そしてカッキーマン。これが由緒正しい顔半分丸出しヒーローの系譜だよ。まったく失礼しちゃうよ」
「前の三つは知ってる」
「公務員ってテレビあんまり見ないの?」
「だからテレビじゃないじゃん君。国民総発信時代の掃き溜めコンテンツのとある鼻糞でしょ」
「ヘコー。ひどいじゃないかぁ! そんな言い方ないやーー!」
 カッキーマンは手を振り上げて大声をあげたが、急にしょんぼりして、しょんぼりしていたら、どこからともなく目に涙がたまってきた。最初パーマンのマネをしてふざけたのに、泣きかけたら、もう泣きそうになってしまう。
「完全にスピード違反だからね。免許証を出して」
 白バイ隊員の血も涙も無いドライな言葉に、カッキーマンはとどめをさされたかに見えたが、心はまだ逆転の可能性を信じていた。気分をまぎらすため、涙腺を刺激しないぐらいの小さな声で歌いだした。
「い〜くよ待ってて〜」
 次々に通り過ぎる車の轟音に歌声はかき消された。カッキーマンはもう少し大きな声を出す努力をした。
「友達にぃ〜なろぉ〜」
 それを見ていた白バイ隊員はやるせない気持ちになって拳を握り締めた。書類がくしゃくしゃと音を立て、カッキーマンにも聞こえた。
「手ぇ〜と手こころとぉ〜ここぉろ〜 つないでみんなで……」
 カッキーマンはそこまで歌うと、膝を突いた。しまった、逆効果だ! 歌詞が身に沁みている!
「つないでみんなで………みんなで…」
 みんなで。それはカッキーマンにとって小4以来の哀しいNGワードだった。カッキーマンは、その顔を鼻まで隠していた、ヤクルトスワローズのキャップの日よけメッシュに目玉を書いて両側に黄色いセロハンテープを接着したものをゆっくり取った。出てきたおっさんは、90%パーマンのお手製マスクを膝の上に抱きかかえると、上を向き、マントをつけたままわんわん泣き出した。
「パァーーーーーーーー子ぉぉおおーーーーーーーーーー!」
 その後、無免許運転で捕まったおっさんの盗難車が調べられ、トランクの中から、オレンジ色のバンダナを巻いたリスザルと両側にセロハンテープをつけた広島カープのキャップが見つかった。警察署で聞いた話では、年金はコピーロボットが払っているらしい。