浅草寺んとこで見た猿まわし

 もう何匹目かわからないが、またサルが逃げた。バク宙を三回して興奮してそばの松の木に飛びつき、そのままどこかへ行ってしまった。
「次のサルは、ライガーくんです」鼻のでかい猿まわしの人は、そう言いながら、テントの中からサルを一匹引っ張り出した。
 ずっとキーキー言って地面に踏ん張っているので、これはまたすぐに逃げ出すのではないかと見物人の誰もが思った。竹馬を渡すと、意外に乗っかって歩き始めたが、カカカカッと慌てた速さで五歩ぐらい行ったところで前のめりに倒れ、その勢いで大きく跳び、着地すると浅草寺のほうへ走っていった。
「サルはまだたくさんいるから、それは大丈夫です」
 何が大丈夫なんだとみんな思ったが、まあとりあえず新しいサルを出してみればいいじゃんと思う人もいた。いいサルが出るまでやってみりゃいいじゃん。
 しかし、その考えは間違っていた。通常、サルは訓練すればするほど訓練されるとされており、その訓練されてされきったサルが憧れのステージに立て、他の訓練されていないサルより豊かなエサをもらえるという厳しい世界サル芸界。動物番組のサル芸特集を見ればわかるが、新しいサルを訓練するのは並大抵のことではなく、新入りの猿まわしと新入りのサルはかなりトラブルも多く、それがエンディングで初めて言うことを聞いたときは、明らかにサルの金玉が丸出しになっているにもかかわらず渡辺満里奈が涙し、高田純次が神妙な顔をするという。つまり、後出しのサルほど訓練されていない。そんなサルで実験した場合、仕掛けバナナが取れないばかりか、ずっとガラスケースの小さい穴に手を突っ込んでばかりで画変わりもないのである。
「次のサルです」猿まわしがまたテントを開けた。
 すると、すぐさま一匹のサルが飛び出した。みんな、その動きを目で追った。どっか行った。
「サルはまだまだいまーす!」猿まわしでは無いが、ずっと脇のところに立っていた若い男がニコニコ笑いながら大きな声で言った。誰だあいつは。
「次のサルです」
「ちょっと待て!」客の一人が叫んだ。「どうせすぐ逃げるんだから、バナナを置いておいたらどうだ」
 猿まわしは頷いて、さっきの若い男に向かって手を差し出した。若い男は自分の後ろに置いてあったカゴからバナナを一本取り出すと、猿まわしに投げた。が、山なりに投げられたバナナを猿まわしは取ることが出来なかった。こんなところをサルに見られたらサルになめられてしまうが、幸い、サルは見ていなかった。
「ちょっと待って!」誰かおばさんが言った。「バナナをもう何本か、少しずつ離して置いて行って、その終わりのところに竹馬を置いておいたらどうかしら」
「それだ!」猿まわしがおばさんを指差した。
 なるほど。誰もが興奮した。そうすれば、サルはバナナを食い食い、最終的にバナナを食う何気ない感じで竹馬に乗ってしまうに違いない。おばさんのくせにいいこと言うじゃねえか。通常、おばさんはいいことを全然言わないとされているが、その認識を改めないといけないかもしれないおばさんが現れたのだった。どうして通常おばさんがいいことを言わないとされているかというと、いいことを言ったところで所詮おばさん、うるせーよおばさんと思われるからだが、このおばさんは、いい。
 バナナと竹馬がセッティングされ、いよいよテントを開ける段になった。みんなドキドキした。サルよ、バナナを食って、バナナを食って、バナナを食って、まんまと竹馬に乗れ。お前のいきあたりばったりな生き方、見せてみろ。
 そして、猿まわしがテントからサルを引っ張り出した。しかし、頭を下げた姿勢で出てきたのは、サルみたいな顔したおっさんだった。汚いボロクズみてえな服まとい、一応その上に赤いチョッキを着ている。サルみたいな顔したおっさんはあたりを見回していたが、地面のバナナを見つけると駆け寄り、手に取った。しゃがんで、サル顔で食べ始めた。
 みんな黙っていた。もういいよ、お前でいい。お前でいいから、とにかく竹馬に乗れ。