オツカレーション、オキナワ

「大丈夫なのですか、博士。いくらかしこい小4程度の言語能力を身につけたとはいえ、ぼくはサル。遺伝子的に見ればまったくサル同然なのですよ」
「おい、そこのサル。お前にいいことを教えてやろう。人間の遺伝子もサル同然だ」
「それでも、ぼくにこんな兵器が使いこなせるかというと……」
「心配いらん。実験したところ、大竹しのぶにも使いこなせた」
 それを聞いたサルは、自信と喜びに輝き始めた瞳をバズーカに向けた。このバズーカは、ヨッシーアイランドヨッシーがかついでいたバズーカそのもの。一ヶ月前、隣同士のガラス張りの部屋に入れられた大竹しのぶとサルは、ヨッシーアイランドを同時にプレイ開始した。サルは三日後にクリアしたが、大竹しのぶは最後までできず、部屋に大量の小麦粉が落とされた。だからサルの喜びは計り知れなかった。

 8月15日、勘違いしてヘノコに行ってしまったサルは、半日かけてフテンマに着いた。
 そうか、ヘノコ移設ということは、まだ基地はフテンマにあるのか。サルなんでという理由だけでは片付けられない半日無駄にするという痛恨のミス。それを隠すため、サルは米軍をうらんだ。歯ぎしりから、ウキィという野性の声が漏れる。
 そのとき、足首に何か違和感を感じた。見ると、ハブが咬みついている。サルはホキャ?の顔でそれを見下ろしていた。全身の毛穴ちゃんおっぴろげのおっ立ち毛。異常に出るよだれを手の甲でぬぐい、目頭を押さえる。
 このハブがギャグマンガ出身のハブでなければ、その時点でジ・エンド。ハブの毒がサルに効くのか知らないが、たぶん効く。人間に効くんだから。
 サルがハブをひっぺがした時、昔話のにおいがした。ひっぺがされたハブはシャーシャー威嚇していたが、やがてくさむらに消えた。
ギャグマンガ出身なんだろ!」
 涙目のサルは独断で叫んだ。そして、きびすを返して必死のパッチのサル走りで、一目散に米軍基地を目指した。
 あのとき、場所を間違えていなければ。フテンマに向かうとき信号を無視しなかったら、俺ハブにかまれずにすんだっしょマジで……。近代的なサルの頭脳がもたらす再帰性がサルを苦しめていた。
 それでもサルは野性の力で、ケツを緑色に塗る作戦一本でジープに張り付き、デーブ・スペクターのいんちきドキュメンタリークルーも二秒で追い返されてしまう鉄壁米軍ゲートを突破。トイレの個室に入っていた米軍を、アウトレイジの角度から三角締め、気絶させて服を奪い、サル顔米兵を装いダッシュ、すれ違う上司にオツカレーション、オツカレーションと挨拶しながらヘリポートへ向かう。
 すぐに、挨拶のおかしさとサルみたいなにおいに気づいた米兵から順番にサルを追いかけ始めた。廊下を走るサルの進行方向から見て、みんなで「ドドドドド」と学園ギャグマンガの感じになるのに、そう時間はかからなかった。

 滑走路の一角にあるヘリポートでは、大竹しのぶがヘリコプターの操縦席で待っていた。
 サルがヘリ目がけて駆けてくるのを確認し、ヘリコプターの浮上させようとスタンバイしたい大竹しのぶだが、操作方法がわからない。習ったのにわからない。変なところ押しちゃったらどうしよう。
 迷った挙げ句、しのぶはカバンかららくらくフォンを取り出し、2番を押す。
 サルが電話を取った。
「おさるさん、ヘリコプターが飛ばせないの」
「そんな! しのぶさん!」
「もういいから、そこで米軍基地にバズーカを発射して」
 どうなっても知らないからな! サルは振り返り、バズーカを構えた。500人の米兵が、慌てて立ち止まる。
 サルは片目をつぶり、人間のようにもったいぶることなく、引き金を引いた。カチッと音がした。
 が、何も起こらない。米兵たちは目をパチクリさせた。見ると、サルはだらしなくバズーカを落っことし、キョロキョロしたと思うと、おびえた様子で誰もいない方向へ走り出した。それはもう、ただのサルの動きだった。サルの脳みそに取り付けられたマイクロチップのデータが消滅し、今、生まれたままのサル頭に戻っていた。
 走り出したサルの足取りはすぐに鈍くなり、やがてうつぶせに倒れた。大きく脈打つような苦しそうな呼吸。ハブの毒がまわって息絶える寸前、大竹しのぶが押しちゃいけないボタンを押して空中に座席ごと飛び出すのが見えたが、もちろん訳がわからなかった。