万引き

 小学生で大混雑の駄菓子屋さんであるが、ここショウコ屋も例外ではなく、通行人からすると少々うざかった。片道三車線の国道に面するという立地条件なのでなおさらである。排気ガスすっごいよ。
 その女ババア店主、ショウコのポリシーは「万引きできるもんならしてみろよクソガキども」なのである。普通なら「いらっしゃい」と言うところを「万引きできるならしてみろよクソガキども」と唾を飛ばして睨んでくるのだからたまらない。
 今まで、その挑発に乗った何百人ものクソガキが手首をつかまれてきた。ショウコの洞察力は並みのババアの比ではない。これを読んでいるお前のババアは多分シムシティのルールすら理解できないが、ショウコはとりあえず電線を張るところまではやると思う。
 集団で万引きしてくる場合、ショウコはその中心、リーダーを的確に見抜き、そいつを徹底マークすることで全体の統率を崩すのである。そうなると、金魚の糞どもはもう何も出来ない。このクソガキの大将を探す方法だが、だいたい一人だけ帽子をかぶっている奴が大将である。ガキの方でもこれを察し、全員で帽子をかぶってきたことがあったが、その場合は、巨人の帽子をかぶっている奴が大将である、とショウコはすぐに見抜いた(当時は巨人が一番強かった)。カープの帽子はまず放っておいてよい。
 そんなショウコと渡り合えたものが、一人だけいた。あらゆる店を補導されずに荒らしてきた、通称、万引き糞野郎のケンである。
 ケンとショウコのバトルは壮絶だった。ケンは小学一年生から四年生まで万引きを狙い続けたが、ガチガチにマークされ、一つも万引きできなかった。そんなことは初めてだった。物理的にこれ以上戦いようがないと悟ったケンは、新たな作戦に出た。
 ヌードルを買うケン。湯を注ぐショウコ。もちろん、ここが一番の万引きタイムだと知っているガキどもだが、それはショウコとて百も承知である。全然湯の方を見ない。これが、ショウコの往年の得意技「ノールック湯注ぎ」である。無論、湯のラインもきっちり守る。その間、微動だにせず、ヌードルを受け取って一礼するケン。
 ケン、店を出て振り返りて曰く「我、湯を万引きしたり」
 婆、曰く「湯も込み込みで60円なり」と。
「ならば、吾、湯を注がざらば」
「60円なり」
「其は如何に」
「サービスなり。大恐は縵縵たり、小恐は惴惴たり。汝が恐れの大きさに応じて意気を変えるとは、心が事の是非を掌るを現し、すなわち小人の生き様と為す」
 そのうちに、ショウコは「万引きできるもんならしてみろよクソガキども」とは言わなくなった。問答のうちに、何かが変わり始めた。
 ある日、腕を組んで店へ入ってきたケン。
「婆、万引きとは何ぞや」
「吾、之を知らず。物の同じく是認するところを知らず」
「婆、知らざる所を知るか」
「知らず」
「然らば則ち万引きに知ること無きか」
「知らず。然り雖も、なんぞ我が言う所の万引きが不万引きであらざることを知らん。なんぞ我が言う所の不万引きが万引きであらざることを知らん」
 六年生になったケンは、腰巻一つで店にやってきては、何もせずに帰っていった。周りの子はついていけなくなった。やがて、ショウコ屋に並ぶ駄菓子の数は減っていった。クソガキどもが万引きしても、ショウコは何も言わず、目をつぶって立っているようになった。誰も、万引きした気がしなかった。
 そうなると、一人、また一人と、子供達は考え始めた。やがて、店は何もせずに微笑する腰巻一つの子供でいっぱいになり、国道にはみ出した。排気ガスすっごいよ。