甘えるな甘えるな師匠

「助けてー!」
 貧弱な子供達はサッカーゴールを皆で持っていっせいに叫んだ。
「誰か助けてー!」
 少し離れた小高い丘の上で、甘えるな甘えるな師匠は、背後に勢ぞろいした若い母親達をにらみつけた。
「御覧なさい。あなた達の子供達の軟弱なあの様を、御覧なさい。サッカーゴールを運ばせただけであの有様だ。必死こいて助けを呼んでいる。しかもかなり切羽詰った助けの呼び方をして、どうやって生きていくんですか。この先、どうやって生きていく予定なんですか」
 師匠が話している間も、子供達は、誰か、誰でもいいから助けてくれと叫びたてていた。アゴが上がっている。普段から上がっている。
「ツヨシロウ!」
 その様子を見るに見かねて、母親の一人が、緑色の民族衣装みたいなものをオシャレに着こなしたある母親が、愛息子の名前を叫びながら列を飛び出し、丘を駆け下り始めた。しかし、丘はまずまずの急斜面、その母親はすぐに、チーズころがし祭りの時のようになった。その様子を冷酷に、しかし少しおもしろかったので少し笑いながら、少し本気で危ないので少し引きながら、そして若干いやらしい目で見ながら、師匠は言った。
「あれを見なさい。だめなんです。助けに行ってはだめなんです。そのために、皆さんにはこの丘の上に集まってもらったのです。助けに行こうとすれば、あのように、主婦なのにチーズころがし祭りのようになってしまう場所を、わざと集合場所へ指定したのです」
「お、鬼ィ〜!」
「鬼ではありません。あのなよなよしたガキどもを育てたのは、あなた達です。あそこでビービー泣いているのは、ダビスタで言えばいつまでも未勝利戦で戦っているような育て甲斐の無いクソ馬。調教をコンピューターまかせにできるレベルの馬です。しかし、これはゲームじゃない。あいつらも実際に存在して生きている。サッカーゴールも運べないのに将来の夢がある。だから、厳しくやらなければいけないんですよ。あなた達の息子さんは最低だ」
 しかし、いつまでも見ていてもいつまでも泣いて助けを呼んでいるだけなので、師匠は脇に抱えていたつぶしたダンボールを置くと、それに乗って丘を滑り降り始めた。途中で、なぜか靴下を脱いでつらそうに前かがみに座っているさっきの母親を追い抜かした。子供達のところまで来ると、指示してゴールを地面に下ろさせる。
「挟む挟む」「ゆっくりゆっくりゆっくり」「重い重い」「無理無理無理もう無理」「落とすよ、落とすよ落とす」「オレもう離してるよ、もう離してる」「おしまいだ、僕たちはもうおしまいだ」「う、うわー!」
 徐々に下ろすことのできなかったサッカーゴールは地上三十センチの高さから落下したが、幸いけが人は出なかった。全員、膝と手をついて息を切らせていた。
「それがお前らの青春か!」
 師匠は子供達に叫ぶと、次なる試練をセッティングさせた。それがスタンバイOKの状態になると、師匠はまたダンボールを持って丘をのぼった。途中で、なぜか飴をなめて裸足で座っている母親の横を通り過ぎた。しかし、すぐ戻って声をかけた。
「さあ、戻りましょう。次なる試練が待っています」
「ここを、ケガしてしまって」
  その母親は裸足から太モモのあたりまで続く生足を交互に、大胆に運びながら、尻を支点にして振り向いた。そして、足を折り、さらに服のすそをめくると、そこにできたすり傷を師匠に見せた。
「とても痛くて。私なんだか体がほてってきたみたい」
 師匠は傷をじっと見ている自分に気づき、慌てて目をそらした。しかし、女がまた足を動かして、座りながらこちらへにじり寄ってくるので、思わずそちらをまた見た。そして、またそれをじっと見ている自分に気づき、その間、人妻のデリケートな部分が自分の視界の中でワンマンショーになっていたことをいかんいかんと思った。こんな人妻にいかんいかん。しかし、その人妻の顔を見ると、官能小説の表紙の眼差しをこちらに向けていた。
「ねえ」
 甘えた声が聞こえた時、師匠はもう振り向いて走り出していた。エロい気持ちになりながら、全力で丘を駆け上がった。上に戻ると、他の母親達が不安そうな目で師匠を見つめていた。師匠は自分の師匠としての威厳と自信を取り戻し、こちらもセッティングさせた。
 そして、子供達がサッカーゴールを地面に置いた瞬間、母親の腰に電流が流れる仕掛けの準備が全て完了した。師匠は、丘の下の子供達にも聞こえるよう、思い切り笛を吹いた。
 サッカーゴールを持ち上げた途端に子供達は泣き叫び始め、そしてすぐに落下させた。自動的に、母親達に電流が流れ始めた。それがまた腰が砕けて身もだえして意外にいやらしかったので、見れば見るほどエロく思えたので、師匠は慌てた。しかし師匠は、そんな中にも必然的な割合で混ざっているブタみたいな母親を探し出し、それに目を注いだ。腰をくねらせるブタみたいな母親を、力強くにらみつけた。甘えるな甘えるな、と自分に言い聞かせた。絶対甘えるな。