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合コンGO!GO!GO!

 年の離れた小4の弟のミサンガが切れた日、血もつながっているし、なんだかいけそうな気がして、合コンに参加した。
「ガタガタッ。自己紹介します。オレの名前は百一匹ワンちゃ朗。ワンちゃろうのろうは、『ほがらか』の朗。最近見たおもしろかったもの70点編いきます。山登りをするために登山靴をガムテープでぐるぐる巻きにする篠原ともえ、かなり深夜に散歩されてる犬」
 ほんとはもう一つあったのに、目の前に小学校の時の養護の先生がいることに気づいた。あの日と同じだよ。やさしく微笑んでるよ。気を強くもって無視、無視して、打ち合わせ通り、隣の男に椅子を引かれて「ドテーッ!」と声も高らかに転げ落ちた。だってそんなこと気にしてられないじゃないせっかく合コン来てんのに!
 ややウケて、合コンがスタート。
 なんでもこの店にはスープバーがあり、なんでもコーンポタージュがすごいらしいのと一番かわいい女(名前を聞き逃した)がなんでもかんでも都合のいいことを言うので、
「じゃあ、お願いしちゃおうかな」
 と完全にヤリモクで言うと、女も「いいよ!取ってきたげる」と色よい返事。
「お、おれはコーンポタージュをすすると、仙豆かよ!と言うぐらいめちゃくちゃお腹いっぱいになり、海藻サラダすら一口も食べられなくなる体質なんだ」という気持ちが顔に出ないようにめちゃくちゃ押し殺しながら言うことができた。歯ぐきを出すのがめちゃくちゃポイントである。
 ホッとしていたら、養護の先生がオレを見ていた。
「あ、あなたはコーンポタージュをすすると、仙豆か!と言うぐらいめちゃくちゃお腹いっぱいになり、海藻サラダすら一口も食べられなくなる体質じゃない」
 そんな顔をしていた。めちゃくちゃ歯ぐきが出ていた。
「うるさい。オレ、あなたのこと知りません。はじめまして」と歯ぐきを出すと、
「私よ、養護の吉丸よ。元気にしていた?」とこちらも歯ぐき。
「どうしてツッコミをタカトシにしたんですか」
「好きだから」
 らちがあかないよ。無視、無視。おばさんだからタカトシが好きなんだな。
 ところが、いざ「お待たせ~」とかなんとか言ってコーンポタージュが目の前に運ばれてきたとたん、オレの体じゅうからはドッと汗がふきだした。かと思うとひっこんだりした。そのあと出たりひっこんだりして、それがしばらく続いた。
 女は自分のコンポタをうまうま完食すると、オレを笑った。
「なんか、なんか汗が鼻ちょうちんみたいになってんですけど~~!」
「大丈Vネックのセーターが仕事用に欲しいかも」
 すっかり惚れてしまった女に、汗を鼻ちょうちんに喩えられてしまったオレは気丈にギャグでリターンして難を逃れたが、3秒後に限界をむかえ、けっこう、リビングにいる家族が勘付くぐらい泣いてしまった。
「百一匹くん、無理しないで」
「養護の先生は黙っててよ。ごはん食べてなよ」
「養護の先生だから、ほっとけないのよ」
「ほっといてくれよ! あんたいくつだよ!」
「コンポタはあきらめなさい。52」
「いやだ飲む! オレはコンポタを飲む! 合コンに来たから飲む! 飲まなきゃやってられない!」
 どやしつけると、女のカップを小指だけで奪い取った。そして、自分のあごの下にカップを置くと、力をこめて汗をしぼりだした。玉になった汗が、そこに留まる限界をこえて大きくなり、一気に流れ落ちた。
 ニヤリと笑って、養護の先生に言った。
「この汗がカップいっぱいにたまったら、1杯飲む……出した分を飲むだけなんだから、いいだろ!?」
「い、いいけどモテないわよ……?」
 もう、他の女どもは両手で口をおおって目を見開いたまま固まっていた。他の男は筆者としてはもういないことになっていた。めんどくさくなっていた。風呂掃除もしなきゃ……。
「かまうもんか、かまうもんか……」
 カップはすぐにいっぱいになった。なぜなら、オレはまた泣いてしまっていたから。ほんとに、5秒ぐらいだった。
「百一匹くん……」
「運動会で、水筒にコーンポタージュが入ってたのに気づかず騎馬戦のあと一気して保健室に担ぎ込まれた時から、オレの心は先生でいっぱいだったよ……ちょうどこのカップみたいに今にもあふれ出しそうなほど……! ずっとその気持ちに嘘をついて生きてきたんだ……!」
 オレは汗と涙の結晶が表面張力でぴたぴたになっているあごのすぐ下のカップを、脇を開いて腕を顔の横あたりまで上げて、両手で指さした。そして、照れた。
「恥ずかしくない、その芸人さんみたいなポーズ全然恥ずかしくないよ!」
「恥ずかしくないかな…? なんか掟ポルシェみたいじゃないかな…?」
「ないよ! 掟ポルシェなんて、全然そんなことないよ! かっこいいよ! 先生うれしいな! 掟ポルシェって誰?」
「先生、先生……好きだ……弟から季節に1回ぐらいあなたの名前を聞く度に、オレは……!」
 また涙がぼたぼたこぼれ落ちた。そして、ついにカップからあふれ出した。あっという間に、テーブル全体に広がり、女どものスマホを浸した。
「バカヤロウ、濡れちまえ……バイブが伝わってウザいんだよ、考えろよそれぐらい、常識のないクソったれ女どもが……のうのうと今を生きやがって……」
「好きよ、好きよ」
 先生はテーブルに顔をこすりつけて、舌でぴちゃぴちゃオレの液をなめていた。化粧が溶け出して、カーディガンのポケットから黒っぽいガラケーがのぞいている。最高だ。あっぱれだ。
「先生、オレ飲むよ。コーンポタージュ飲むよ」
「いいわよ、きて、きて。飲んで。コンポタ、いっぱい飲んでえ!」
 ゴクリ。このゴクリは飲んだわけじゃなく、ツバで、え、ええ~い、いったれ!
 カップを一気に傾ける。もう冷めてたから意外とゴクゴクいけた。
 口いっぱいにコーンの甘味が広がる。
 歓びと、怒りと、哀しみと一緒に、飲み下した。ああ、美味いんだか、不味いんだか、意味わかんない。なんだこの食べ物。腹ちゃっぽんちゃっぽんだよ。とにかく、とにかく……
「ごっそさん」
 言い終わる前に首だけ壁に寄りかかると、オレは黙った。
 お腹いっぱいになると、他の欲が著しく減退するタイプ。人が遠い。あーなんか、なんかもう、帰ろうかな。人といると、くそつまんないや。