カンバセーション・ゾンビーズ
これは、現在テレビに出てる芸能人が全員死んだ未来の話である。
かなり極秘のとある研究所(駅近)、ホルマリン漬けされた志村けんの右腕が安置されている部屋(3階)に、芦田愛菜の遺体が運びこまれたその時(2時)だった。とつぜん、端っこの傘立てにさしてあった内田裕也のステッキが、ピンク、みどり、ピンク、みどりにその点滅を早めながら光ったかと思うと、その先端から、世にも恐ろしいゾンビウィルスが、肉眼でもはっきりくっきり見える形――完全にエヘン虫――でまき散らされた。第一の犠牲者は、皮肉なことに、同研究所内の手術室(隣)で残った左腕を切り落としたばかりだった志村けん。傷口からウイルスが侵入したことで、高齢もあり、ゾンビになる前に疲れ果てて死んだ。この瞬間、現在テレビに出ている芸能人が全滅した。ウイルスは瞬く間に日本全土に広がった。一週間もすると、感染者が町にあふれ出した。その魔の手はオレの町にもやってきて…。
ちょうど断食中だったオレは、配られた検査キット(おしっこをかけるタイプと、口内の粘膜をひっかくタイプの2種類があり、オレのはおしっこをかけるタイプ)によって感染を知った。自覚症状もないのに、そんな、とかけた瞬間みるみる変わっていく試験紙の破れ具合に大ショックを受けたオレは、大ショックを受けたその足で、ガキの頃からの大親友の家に向かった。
「今までありがとう」ドアが開くなり、オレは言った。
それだけでアイツは、オレに何が起こったか――つまり、オレがいかに大ショックを受けているか――を察したらしかった。しかし次の瞬間、大口を開けてハハハと笑い出した。
「何がおかしい!!」と思わず熱くなるオレ。
アイツはそれでもなお笑いながら、「すまんすまん。」と言って、「何にも知らないみたいだな」と言い、あと何かゴニョゴニョ言うと、もう言わなくなった。
「何だと!? 何の話だ。最後ゴニョゴニョ言っていたが、そのことについて、その時に言っていたのか?」
「その時は言ってない」とアイツはひどく真面目な顔で言った。
一気にピリつく空気。一筋縄ではいかないアトモスフェア……とつぜん、アイツの背後に女の影がちらつき始める。
「潜伏期間、というやつがあるのよ」女の影がしゃべった!
「なんだチミは!!」と食い気味でオレ。
「なんだとは何よ。あのね、発症させなければゾンビにならずに済むってことなのよ」
「なんだチミは!!」と再びのオレ。
「リュウジ」とオレの名を呼んだのはアイツ。「オレの彼女だ。医学生だ」
ぐうの音も出ないオレはその場にへたりこみ、以後、体育の時みたいな感じで後ろに手をつき、話を聞くことにした。
「ごはんをちゃんと食べていれば、ゾンビウイルスには発症しないわ」と女は必然的に体育教師――女体育教師――みたいな感じで言った。
「ちゃんとって?」
「まあ、三食たべるのが望ましいわね」
「三食たべるんだ、リュウジ」とアイツが神妙な顔つきで言った。
「オレは断食中だぞ」と青ざめる。
「リュウジ、三食たべろ」と言うと、アイツはインターホンを鳴らした。インターホンと家の中から別の音が響いた。部屋の外のは小さい音で、中のはそれより大きい音。誰しも自分の家のインターホンを鳴らしてみたい時、それを聞いてみたい時がある。
「今がその時だって言うのか?」
「何の話だ? 三食たべるのが、か? 別にそこまで熱く煽るつもりはないけど、三食たべたらゾンビにならないし。うん、だからまあ、そういうことでもいいけど……でもお前、ふだんは三食たべてるだろ…? わざわざ、今がその時って言うのも……」
「チッ」とオレはそっぽを向く。なにもかも、くだらねえ。
「でも」と女がしゃしゃり出た。しゃしゃり出る割に、アイツの背後にいて、ぜんぜん何にも顔が見えない。ネット社会? そいつがオレを無性にいらだたせる。「たとえば昼ぬいたらそのぶん夜いっぱい食べるとかしたら、大丈夫みたい」と女は言った。
「そんなの、風邪をひいたら一巻のおしまいじゃねえか!」とメンタルが言葉に反映されるオレ。後でなら「ごめん」頼まれれば「ごめんちゃい」とさえ言えることも、今はムリ。そんな気持ちに手のひらの砂利がジャリる。意見がむかつくんじゃない、態度がむかつくんだ。
「風邪の時は、ゾンビウイルスも弱ってるから食べなくてもいいみたいよ」と女は言った。「ポカリとかで」
「だそうだ」とアイツ。
「じゃあ、ずっと風邪をひいておけば、ゾンビにはならない……?」
「ダメよ」と女は首を振った。「風邪は治るもの」
あまりの衝撃に、多少おしっこが出たか、オレは今まで開いていた足を閉じた。オレはやはりゾンビになる運命なのか。避けられないっていうのか。「受けたぜ、大ショックを」
「例外があるとすれば、子供とかの場合、お母さんが風邪で寝込んだりしている場合とかは、考慮されるみたい」
「ウイルスが、考慮…!?」
「ええ」と女はむしろ少し遠ざかって言った。「そんなに考慮されてるのに、今や世界中にウイルスは広がりつつあるわ」
「ああ」とオレ。「その言葉、知ってる…」
「一刻も早く感染の拡大=世界流行(パンデミック)を食い止めなければならないわ。そのためには、三食たべるのが一番なの」
「オレは断食中なんだよ!」とオレは力をこめて叫んだ。その時、涙目になったことで一時的に看板がよく見えるようになった感じで、オレの目が、突如グローバルの装いを深めていく。「待てよ」と顔を上げるオレ。「じゃあ、イスラムの人たちは、ピンチじゃないか!」
「いや、それは宗教で仕方ないから大丈夫みたい」
「そ、そうか」と一安心するオレ。「敵さんもずいぶん教養があるらしいな…!」
アイツも深くうなずく。「だからこそ手強いんだ…」
「人類は敗北するのか…!」オレはもはや苦虫をかみつぶした顔。苦虫は苦い。でも、甘い虫をかみつぶしても人は同じ顔をするんじゃないか?「そうじゃないか?」
「そうかもしれないな……」
「甘虫でもしょっぱ虫でも、そうだよな?」
アイツは全くの無の表情をした。オレが凝視したままでいると、「うん」と言い、「まあ」と言ったあと、「何のことかわからないが」と言い終わらないうちに、「何て言った?」と言ったきり、あとはもう何かゴニョゴニョ言うにとどまった。
「断食の話だったのに、虫を食う話をしてる場合じゃないな」とオレは言った。
「虫?」と女。
「待てよ」ただここで、ついさっきもこの台詞を同じ感じで言った気がした。こわい。こわいからついつい早口になる。「ていうか今、断食は宗教だからセーフって言いましたよね?」敬語になってしまった。
「セーフとは言ってない。大丈夫って言ったの」
「おんなじ意味だ」論点がズレたのをいいことに、オレは女がいる方を睨みつける。「じゃあ、オレも、平気なんじゃないのか? 期間が終わるまで断食してようがなんだろうが、大丈夫なんじゃないか?」
「ダメよ」と女とアイツが同時に言った。(表現の都合上、アイツも「ダメよ」と言った)
「健康法とか、ファッションのためにやってるみたいな人たちのことは、絶対に許さないみたい」とこれは女だけ。そろそろ話もおしまい。ごはん。「そう言ってた」
「聞いたのかよゾンビウイルスに!」
ごはん。