マサルのそこで終わる朝

 結果的に言うと、マサルは女のアソコを見られなかった。そんなのってないよ、とマサルは歯軋りしながら階段を振り返った。


ドタ ドタドタドタドタドタ ドタ!!


 何も変わらない。実際の話、主婦というのはこういう生活を延々続けていくのだろうと思うと、灰色のため息が出た。自分ならそんな人生はごめんだ。もっとホンキートンクに生きていきたい。顔を戻すと、マサルの乱視がかった目の前に、大きな袋が口を広げて迫っていた。マサルはめちゃ驚いた。
「やめろ!」
 少々毛羽立った袋の口をつかんで、体を引き離そうとするが、おっぱいを放り出した女は構わずかぶせようとしてくる。女のくせに凄い力だ。これは、麻か? これは、これは。いざこざしながらマサルは思う。これはもしかして毒ヘビをしまっておく時の袋と一緒か? どうしてこんなところに毒ヘビをしまっておく時の袋があるんだ?
 とは言えそこは女、マサルは男である。袋を挟んで我慢の展開となった。
ムージルムージル!」
 女があせったように何か言っている。人の名前だろうか。ムージルが来るのか。じゃあ、ムージルにもおっぱいを見られてしまう。
 ムージル、お前もおっぱいを見る気なのか?
「う、うわあああ!」
 マサルは人間大砲の時と同じく気をつけの姿勢になり、自らちょっとジャンプして袋の中に吸い込まれた。目の前の女のおっぱいに関して一番風呂に入ったような気がしていたマサルは、ムージルに来てもらいたくなかった。俺の歩いた道を歩いてほしくなかった。
 もはや袋の中の人であるマサルの顔面に、裏地のちょっとしたゴワゴワ感が休みなく勢いよく刺さりこむ。そして一旦、袋が床に置かれたのを頬に感じたマサルは不思議とやすらぎを感じた。
「足 邪魔。足 邪魔」
 女が言う。マサルの足が袋から飛び出しているのだ。
「や、やめろー!」
 マサルは叫びながら足を引っ込めた。関係ないが、夜寝る時も、布団から足が出ているとなんだか不安なのだ。袋の口が閉じられると同時に、マサルは袋の中を大回転、楽な姿勢をとる。と、ケツで何か踏んでいることに気付いた。手で探ると、それが手触りといい厚みといい、一発でサイン色紙だとわかった。目の前に持ってくるが、袋の中は暗くて何も見えない。
「これ誰のサイン?」
「え? ベーブ・ルース
「本当に? 僕 野球部! でも暗くて、暗くて見えない。読めない」
「裏返しじゃない?」
 マサルは裏返した。暗くてわからなかった。マサルは黙りこんだ。
「今 裏返したでしょ?」
 マサルは気を失った振りをしたが、やってるうちに本当に眠ってしまった。床を伝う母の足音が心地よい。ていうか昨日は4時間しか寝ていない。


自分の首をしめる次回予告

社会システムは人間の欲求を満たすために存在するのではない。人間がシステムの欲求に合うように修正させられているのだ。


ユナボマー犯行声明文