マーズ・アタック!

 そこは先輩の部屋。僕の家にきた宇宙人と同じ宇宙人が二体、先輩と何か話している。火星人だ。
「だって俺の場合さぁ。この惑星(ほし)に生まれてさぁ」先輩は両手を後ろにつき、体育の時にリラックスした男子高校生のような体勢でいながらも、心は戸惑っているのがポテトチップスの食べこぼし具合でわかった。
「どうしてですか。火星いいですよ。赤くてきれいだし」
「だからさぁ、行かないよ。大体あんたしつこいよ」先輩は火星人を指さした。「俺は地球が大好きなんだよ。四季もあるし」
「そんな四季でおして来られても。出たよ。ていうか、いっつも変わり目に文句言うじゃないですか」
 火星人の方も先輩を指さしたので、先輩は明らかに気分を害したようだった。火星人の指はギンビス・アスパラガスビスケットのようにヒョロヒョロしており、ペンだこが出来ていた。
「なんでだよ、別に文句言ったことなんか無いよ」
「今年の風邪は鼻に来るとか言ってるくせに」
 先輩は一瞬黙ったが、こたつを両手で叩いて叫んだ。
「それは関係ないだろ!」
 その音と声、飛び上がったみかんに火星人の連れがビクッと体を震わせた。特にみかんに驚いたようだ。こっちの火星人は赤いリボンをつけており、メスである。
「あ、ごめんね」先輩は片手を上げて、ちらちらメスの方を見て謝った。「にしても、火星人ってのはみんなこんなにわからず屋さんなのかい。人にものを頼む時の態度ってものが……あっ、あちあち、下半身が!」
 どうしたのだろう。大騒ぎの先輩は小さく二回、尻だけで飛び上がってから、慌ててこたつをめくりあげた。中は真っ赤っかになっていた。
「火事場コントかよ!」
 先輩はやけに丈夫なコードのついたコントローラーを手さぐりで探したが、ないようだ。
 やったな、という目で火星人を見る先輩。そして、火星人のとこの布団をめくりあげた。
 火星人の細い指が1から8までの数字がナンバリングされたクルクルにかかっている。人ん家のこたつの強さを勝手にマックスまで上げた決定的証拠を見られても、火星人は落ち着き払った様子で、口から何か白いものをチュルチュル出した。どうやら、それが余裕しゃくしゃくの印らしい。
「わからず屋さんはこっちの台詞だよ」火星人は突如としてタメ口になった。「ぼやぼやしてないで火星に来ればいいじゃんか。黙って素直に。こんな人類初のチャンス無いよ。そこをわからない奴と会話していたのかと思うと力が抜ける。いつまでもくだらないスカした文句言って……うだうだ言う前に、来い! 火星に!」
「いやだ」
「うだうだ言う前に、来い! そんな気持ちで、こたつをフルパワーにさせてもらったんだ」
「自分たちだけ事前に足を抜いてなんて奴らだ」
「それだけじゃない。この省エネ時代に電気代をも莫大に消費させる。それがこのマーズ・アタックの恐ろしさだ」
「B級映画じゃねーか!」
ジャック・ニコルソン出てる」
「うるせー! だいたいずっと失礼なんだよ。もう帰ってくれよ。俺は地球人だよ!」
 火星人は真顔になり先輩をじっと見つめた。先輩も負けじと、火星人の引き締まった細い首にいっぱい入った筋をじっと見つめている。どうして負けじとそんなところを見ているのか。
「失礼か……」火星人は急に顔面から力を抜いてつぶやいた。「それは確かにそうだ。お詫びの印というわけでもないが、お土産を持ってくるからちょっと待っててくれ。持ってくるのを忘れていたんだ」
 火星人は立ち上がって、メスに向かって手を出した。
「キー」
 メスは慌てて振り返り、後ろに置いていたピンク色のポシェットから青色のでかい鈴やキーホルダーがついた鍵を取り出した。チリンチリンと鈴が鳴り、ジャラジャラと高い音がにぎわう。キーには、完全にTOYOTAをパクったと思われるマークがついていた。受け取って、火星人は出て行った。
 先輩と火星人のメスが二人で残され、何やら気まずいような、よくある雰囲気になっていく。先輩は目を合わせようとしないで、部屋のあっちこっちに目をやったり、物を取ったり置き直したり、やたらポテトチップスを食べて、そしてこぼしている。
「火星のお土産ってなんだろうな」しばらくして先輩が半笑いで言った。
「ゴーフル」メスが答えた。
「へぇ……」
 会話が続かない。僕は、先輩、男としてどうなんですか、という思いもあったが、自分の立場を考えるとどうすることもできなかった。
「火星にもゴーフルってあるんだぁ」
 先輩、なんてくだらないことを言うんだ。そんな、何にもならないことをどうして言ってしまうんだ。火星人相手とはいえ、いつまでもそんなことを言っていたら男を下げてしまう。
「寒くない? 平気?」
「ええ……大丈夫」
 またしばらく静かになった。すると、火星人のメスが首をすくめて恥ずかしそうに手を前に伸ばし、上目遣いで先輩を見た。
「私は、あなたに、火星人になって欲しいの」火星人は強調した。
「えっ」
「あなたが好き…だから……」
「で、でも俺は地球人で、君は火星人で――」先輩は平静を装うとしていたがダメ、てんてこ舞いになって手に取ったポテトチップスを握りつぶした。
「こっちを見て」
 火星人のメスは、いや、火星人の女は、体を起こすと先輩をなんともいえない不思議な瞳で見つめた。微笑むような、憂うような、全てを包み込むような熱い眼差し。
 そして、おっぱいが丸出しになっている。実は来た時からずっとそうだったのだ。これがまたいいおっぱいなのだ。
 先輩は火星人の情熱的な瞳に釘付けになりながら、おっぱいの吸引力で黒目を下に引っ張られ、ぐらぐら振動させた。
 見かねた火星人の女がおっぱいをそっと両手で持ち上げた。
 ああ、ああ、エロい! 先輩の口が震えて開いた。先輩、ダメです。先輩!
 僕は隣の部屋でモニターを見つめながら叫ぼうとしたが、不思議な薬を飲まされて、声を出すことが出来ない。
 先輩、ドッキリなんです! しかも火星人の! これじゃ、これじゃ僕の二の舞だ! ダメです! その乳首には不思議な薬が塗られていて……先輩、あっ、う、うわーーーーー!