おじさんと子供達

 風のようにやって来て、子供だけの力で六段ピラミッドにチャレンジして失敗して空き地で苦しんでいた子供達を介抱してやると、白い袋をかついだおじさんは立ち上がった。
「大人を信用しちゃいけないよ。それじゃ」
 おじさんが歩き出すのを、子供達は膝下にすがりついて止めようとした。
「でも、でもおじさんは信用してもいいだろ。おじさんは俺たちを助けてくれたじゃないか」
「おじさんが貼ってくれたバンソウコウ、ふやけてくさくなってもとっておくよ」
 自分達の方を振り向いた時のおじさんの悲しそうな目を子供達はしばらく忘れないだろう。おじさんは、500万下クラスで競走馬生命を終えるサラブレッドの目をしていた。
「嘘つきは大人の始まりだ」
 おじさんはバンソウコウを捨てないと言った子の頬を撫でた。
「おじさん、俺は捨てない。誓うよ」
「お前は捨てるよ。くさくなって捨てる。万が一お前が捨てなくても、お母さんが捨てる。お前はそれを止められない。悲しいことだけど、それはお前が捨てたことになるんだぞ」
 バンソウコウを捨てないと言った子は何も言えなくなってしまった。
「でも、その心意気や良し、だ」
 おじさんは難しい言い方をして、かついでいた白い袋を地面に下ろした。ザクッという音がした。おじさんがその中に手を突っ込み、子供達は固唾を呑んで見守った。
「ほら」
 袋から出てきた握りこんだ拳をバンソウコウの子の前にかざしておじさんは言った。バンソウコウの子は片手を差し出した。
「夢を掴むには片手じゃ足りないぜ。俺がそうだった」
 おじさんはニヤリと笑った。バンソウコウは両手を皿のようにして、おじさんの拳の下に差し出した。子供達は瞬き一つせずおじさんの荒れ気味の手を見ている。科目で言うと図工の時ぐらい集中している。おじさん、少しずつ、その拳の封印を解いて、解いて、俺達を優しく解きほぐして……俺達に魔法をかけて……。
 拳からボトボトと連続で何かが次から次へと大盤振る舞いな感じで落ちてきて、わ! と子供達が沸いた。
「麦チョコだ!」
「そうだ。その、わ! を忘れるな。麦チョコに心躍るその瞬間が人生で一番きらめいてる」
 それからおじさんは一通り子供達に麦チョコを配り終わると、また歩き出した。子供達は「ファンです!」と叫びながら膝にタックルをかまして止めようとしたが止まらない。これが大人の力なんだ。これが大人として普通の力なんだ。
「おじさんが残ってくれるなら、俺は武田鉄矢の漢字の話を真に受けないよ!」
「俺がいなくなっても真に受けちゃダメだよ」
「わかりました!」
「その意気だ」
 おじさんは下を向いて、これからは武田鉄矢の漢字の話を真に受けないと決めた子の頭を撫でた。胸ポケットに麦チョコを流し込んでやった。おじさんの足を締め付けていた手がゆるみ、武田鉄矢の漢字の話を真に受けないと決めた子は離れていった。
「おじさんのおかげで、俺はサッカーを見てる時のお父さんの解説を嘘だって思えそうなんだ」
「お父さんの高校時代の部活は?」
「弓道部」
「今選ぼうとしてる道を信じるんだ。その道はきっと正しい」
 おじさんは親指を立てて、その手から麦チョコを口に落としてやった。お父さんがいくら巻の悪口を言っても気にしないと決心した子は尊敬の眼差しをおじさんに向けながら遠ざかっていった。
 それでもまだ、沢山の戦争を知らない子供達がおじさんの足に取り付いていた。
 おじさんは背中越しに白い袋に手を突っ込んで麦チョコを一掴みすると、空き地の隅に思い切り投げた。そこに向かって子供達が、わ! と走り出して拾い食いし終わり顔を上げた時には、おじさんの姿はもうどこにもなかった。