ヨウジロウ日曜公園

 ヨウジロウは集中力のない問題児だ。せっかくの日曜だから、近所の、近所じゃない人も遊びに来る大きな大きな公園にやってきた。
 他の子供たちがアスレチックに直行するところを、広々した野原みたいなところで、そのかなり真ん真ん中に陣取って、四つん這いの体勢でスタンバイ、手にはビートたけしのピコピコハンマーをいつでも叩ける感じに身構えている。そこから爬虫類を思わせてピクリとも動かない。
 と言ったそばからヨウジロウは何かに気づいて思いっきり動き、耳を地面につけた。
 驚いたように口をあけ、いつ付いちゃったのやら土だらけの前歯をのぞかせるヨウジロウ。何か隠された事情でみるみるうちに顔面蒼白になっていく。
 ヨウジロウはガバリと体を起こし、キョロキョロあたりを見回して何かを見つけると、一目散に走り出した。近くのおじさんに向かってはんはんはんはん息を切らせて走り出した。
 おじさんの方では、ピコピコハンマーを持った子供が自分の方を見てずいぶんな勢いで走りはじめたので、スポーツ新聞を読む素振りを続けながら、ほんとうにあせった。
 50m、40m、とどんどん近づいてくる。トレーナーからすとすと腹がのぞくのをどうやら気にしているらしく、手で押し下げるように走ってくる。20mのところで立ち止ると、ヨウジロウはトレーナーの下のTシャツごとゴムズボンにたくしこんだ。そしてまた今度は気持ちよく走り出した。
 おじさんと言ってもそこそこ若いおじさんは、望みを捨てずに気付かないふりで、スポーツ新聞の貴乃花とヤクザのところをを見続けた。しっかり見れば見るほど助かるような気がしていたので、穴があくほどしんしんに貴乃花を見た。
 でも、ヨウジロウはとうとうおじさんの前に立ち止った。おじさんは新聞を両手に持ったまま膝の上に下ろしただけで、黙っていた。
 ヨウジロウはゆっくりとピコピコハンマーを上げていき、おじさんの胸ポケットをさして止めた。
 おじさんの胸ポケットには携帯電話があって、四角にどこどこ飛び出している。
「なんだ。貸してほしいのか」
 おじさんは言った。ヨウジロウはなにも言わないでふんふん鼻を鳴らした。
「貸してほしいのかって聞いてんだ。どうなんだ」
 ヨウジロウはピコピコハンマーを下ろして泣きそうな顔になった。
「電話したいのか。違うのか。なんだ」
 ヨウジロウは顔をあげたまま、手を電話の形で耳にあて、もう、もう、という感じで、顔だけしょんぼりゆがませて、ひりひりひりひり泣き始めた。
「電話だろ、だから」
 おじさんは驚いたのと、いら立ったのと、少し気の毒に思ったので、新聞をガサガサたたんで、携帯電話を取りだした。そして差し出してヨウジロウに向かってぶりぶり振った。
「使うなら使えよ。ほら」
 涙を拭いて、ヨウジロウは携帯電話を受け取った。
 真剣な表情で画面を見据えて、たどたどしい手つきでボタンをぽちぽち押していく。
 おじさんは何をするかと見つめていたが、ずっとぽちぽちやっているので、ハッと気付いてどなり声をあげた。
「おいアプリすんな!」