山は俺に気付かせてくれた

 俺は今日から山に篭った。
 まず俺は暫く山を下りないために自ら片方の眉毛をそり落とすことにした。明らかに大山倍達のパクリだったが、別にいいだろ、そもそもお前に何の関係があるんだよ、俺がパクったこととお前に何の関係があるんだよ沼田、うるせえよ! 彼女がいるからって調子こくなよ沼田!
 熱くなるのは俺の悪い癖だ。一転、俺は心頭を滅却しているからもしかしたら今なら火もまた涼しいかも知れないぜ? という顔で、床屋さんが使う型のカミソリを手に持ち、眉毛を剃り始めた。剃り終った俺は触れてみてツルツルしているのを確認した。カミソリを川の水で清め、波紋が無くなるのを待った。鳥が一つ鳴いた。
 程なくして川面に映ったのは、勿論、片方の眉毛だけになった俺だった。俺は先輩に倣って高らかに笑った。否、笑わなかった。
「なかなかどうして」
 俺は慌てた。今の俺はまさに、抱かれたい男合格圏だったのだ。ジュノン二次選考通過ボーイだったのだ。
 俺は残っている眉もそり落とした。三次選考も場合によっては、という雰囲気が水面からむんむん漂っていた。木々もざわめいている。リスも木の枝にちょろちょろと出てきた。ちょっと前にさんざん森を歩いてきた時には一匹も出てこなかったリスが、今ではもうパッと見で五匹、いやあそこにも二匹いる、七匹出てきているのだ。
 俺は山を下りた。今の俺なら、ひょっとしたらひょっとして彼女が出来るかも知れない。俺は車も滅多に通らない道路を全力疾走した。そしてあの女に出会った。緑のチューブトップの女に。