両さん像とツバメたち

 亀有駅前には両津勘吉像が何体もあり、商店街をちょっと行くと少年時代の像や麗子像まであって変な気持ちになることはこの町の人だけの秘密になっています。麗子像って、と思っています。そのうち、両津勘吉像で駅前の空いているヨーカドーの3階まで埋め尽くされるのではないかと心配しています。
 Xツバメはそのうちの一体、祭り中の両津勘吉像の頭の上にのり、マレー半島で越冬するための長旅に備え、自慢の羽を調えておりました。Xツバメは、毎年両さんの頭の上で海を越える準備をすると次の年かなりいいケツ(尾羽)をしたメスとやれるというジンクスがあるのです。ゴキゲンです。
「とんがり帽子の取水塔から〜♪」と、そこだけしきりに歌っておりますと、ツバメは、両さんが涙を流していることにはたと気付きました。銅像が涙を流すなんて、吉川晃司が無人島にいるなんて、一体どうしたことでしょう。
「どうしたの、両さん。涙を流して、いったいどうしたの」
 Xツバメは周りを小さく飛び回って聞きました。両さんは何も言わず、相変わらず芸の無いガニ股で誰かに挨拶をしたまま微動だにしません。そして微妙に似ていません。
両さん、答えてよ。黙っていてはわからないよ。僕らに何かできることがあったら、言っておくれよ。困った時は、お互い様だろ」
 それでも両さんは頑なに口を閉ざしています。涙はどうどうどうと流れています。
「そうよ両ちゃん! 私達に話してみて!」
 突然、股の下にいたYツバメがさえずりました。両さんの像はちょっとした鳥の待ち合わせスポットになっており、今日も糞まみれでした。二羽で両ちゃん両ちゃんと、最初両さんと呼んでいた方も麗子目線で呼ぶようになってピーチクパーチクやっていると、その声を聞きつけた常磐線沿線三千のツバメ達が日ごろの感謝をこめて、両ちゃんの相談にのろうと、両ちゃん両ちゃんと麗子目線で一斉に西の空から集まってきました。両津勘吉像の頭上だけ真っ暗になったかと思うと、けたたましい音をたてて救急車が通り、ツバメ達は一斉に森の方へ飛んでいきましたが、毛虫をくわえてすぐに戻って来ました。
「両ちゃんに涙は似合わないよ、いったいどうしたっていうんだい」
「両ちゃんが泣いていると、私たちだって、さびしいわ」
「ツバメの世界には、高い巣の糞よく飛び散る、という言葉があるよ。元気を出して」
「人のために悲しむのは、決して悲しいことではないわ。それは、両ちゃんが気付かせてくれたことよ」
「僕達が日ごろ、両ちゃんのことをなんと呼んでいるか知っているの。太陽みたいな人、って、そう言っているんだよ。親戚中、みんな言っているよ。こないだなんか、スズメの子も言ってたよ」
「人間の小学生も、大人に聞かれてそう言っていたよ」
「両津は、我々の太陽神(サン・ゴッド)なんだ」
 部長目線のツバメはこれまでに三羽しか見つかっていない非常に珍しいものです。
「さびしいんだろ、両ちゃん。駅前で、24時間立ちっぱなしで、さびしかったんだろ」
「夜も一人きりよね、両ちゃん」
「はるか宇都宮でも、さびしい餃子像が運んでるとき半分に折れたというよ」
「この街の麗子像は夜中に根元から折られたよ。細いから折りやすいよ」
「両ちゃんがそうなってしまったら、俺たちゃどうしたらいいのよ」
「僕はね、両ちゃんがこんな駅前で満足するような男じゃあないと、連載初期から思っていたよ」
「両ちゃん、涙をのんで脱出しよう。亀有を。大好きなこの町を」
「そうだわ! この際、両ちゃんも私達と一緒にマレー半島へ行きましょうよ。ね、両ちゃん!?」
「そうよ、そうよ、そうしましょうよ。昔そんなオチがあったじゃない!」
「そんなオチばっかりだったじゃない!」
「決まりですよ、先輩!」
 ついに登場してしまった中川目線のツバメの一言で、両津勘吉像の涙がぴたりと止まりました。晴れやかな顔に、にっこり眉毛が虹をかけ、今にも神輿の上に飛び乗って、下町の人情が日本を元気にするというナレーションが入りそうです。そして、喜びにわいた三千羽のツバメが、空高く舞い上がりました。
 その日から、ツバメ達はさっそく、両津勘吉像の足元をクチバシで突いて削り始めました。とは言え、あんまり頑張るとYouTubeに投稿されてバレてしまいます。数匹ずつ交代制で、裏側から、裏側から、攻めました。この時ほど三千匹いる必要がないことはなかったと言います。
 2001年10月某日から始まったこの作業ですが、連載が終わって2020年8月26日現在、ほとんど進んでおりません。超合金でできた両さんはあきれるほど硬い上に、冬は割と暖かいところでのんびり暮らすツバメ達のバイオリズムのせいと、自治体のこまめな補修のおかげです。それでも、毎年春から秋にかけて毎日毎日、ツバメが両さんの足を土台をつっつきまわしています。
 両さんが亀有の地から解き放たれた時の予定はすでに決まっていて、内ももには「大安」「風船」「横田空域」「名古屋トイレ休憩」「丸井ヤング館」「ど根性」などと小さな小さなツバメの字で、いつかの夢の欠片がしたためられております。