帰ってきた瀬戸内海と顔面18%


 言ってもらおうか。君の原子力発電知識を。そして、私の開発した、いしだ壱成と同等の原発知識を持つロボット、その名も「ひとつ屋根の下」と対決してもらおう。


 ここは、情報が一番入ってきて、一番出ていかない福島第一原子力発電所事故統合対策本部である。一年前、東急ハンズの浅はかウケ狙いのコーナーで買ってきた「猛犬注意」のプレートを貼っつけてある。
 アポなしでやってきた天才・学歴詐称・前科あり世直シストの瀬戸内海大説教丸は「だらしないったら!」と叫びながら、ドアを蹴破った。
 中にいた政治家と東電社員は一斉にでかいテーブルの上の書類や地図におおいかぶさった。
「見やしない、見やしないよ」
 とめんどくさそうに手を振る瀬戸内海。入り口の近くにいた若手数人が、飛びかかろうとするところで、瀬戸内海は、彼らの肩を指さして言った。
「毛虫ついてるよ」
 若手たちは、若手といっても四十代なのに、肩を手のひらで盛んに払いながら、泡をふいて床に仰向けになってしまった。誰かが言った。
「誰だお前は!」
ハーバード大を卒業した男、と言っておけば十分かな?」
「なに言ってんだ! どこから入ってきた!」
「それで足りないなら、ハーバード大学の歴史上、最も見やすい卒論を書いた男ということだけお知らせしてこう」
「なんだと!」
「絵と写真をたくさん入れて、みんなに興味を持ってもらえるようにした」
「お前、ハーバード大学出てないだろ!」
 瀬戸内海は、小学生の壁新聞レベルの卒論観を披露しながらも、部屋全体に神経を配っていた。トランプでいうなら、積み重ねたトランプが一枚に見えるほど丁寧に配っていた。
 話を聞かずに、エスカレーターのパントマイムでテーブルの下に消えていこうとするおじさんを見つけ、ピストルにした指を向けた。
「俺はなにも、全部が全部、政府が悪い東電が悪いって言ってんじゃないんだよ、菅さん」
 エスカレーターが止まり、ちょうど、額のホクロだけ出ている状態になった。
「俺は以前、首相官邸で当時一番偉くて一番目を見開いている奴に本当のことを言ったら、なぜかとっ捕まった。ちなみに、その一番偉い奴はどっか行って、今はあんたが日本の脳のお味噌と聞いてる」
 菅直人のホクロが少し動いた。少なくとも、声は届いているらしい。
「そして出ましたスーパー大地震。ウルトラ津波。そこからは日本全国、嘘、嘘、嘘の嘘まみれだ。一つだけ例を挙げるなら、松浦亜弥は年齢詐称らしい」
「アヤヤが!?」
 場が騒然とした。直人も動揺したのか、目のところまで出てきた。
「今の日本の現状を端的に表すなら、放射能がご飯で、嘘がオカズ。じゃあ質問だ。味噌汁はなんだと思う?」
 誰も皆、口を開かない。目を合わせない。直人もまたホクロだけに早変わり。まったくラジオなら放送事故である。
「それは、嘘と放射能を同時に流し込むお前さんたちだ。国民は正直、何の期待もしていない。かつて国会議事堂を有効利用したのはモスラのみ。衆議院は、政府の480匹ワンちゃんだ。そこで仲間割れがあろうが、結局、白黒はっきりつかないダルメシアンの愉快な珍道中。予習と復習をしっかりやるよう育てられてきたあんたたちには、一分一秒リアルタイム真剣勝負の現実は荷が重すぎる。でも、それはあんたたちのせいじゃない」
 瀬戸内海は一瞬動きを止め、特に意味もなく振り返った。後ろにいたおじさんがびっくりした。
「それは、国民全員が真面目に考えてこなかったツケだ。俺は考えていた、俺だけは考えていた。獄中で一生懸命考えていた。どこのどいつがこの汗まみれのジーパンのような総理大臣というポストに就くべきか。誰がこの汗まみれのジーパンに足を通し、立派に動き回れるか」
 今や、汗まみれのジーパンをはいてみんなに引かれてしまっている可哀想な男のホクロは、テーブルの縁ぎりぎりまで沈んでいた。(沈みゆく太陽を退陣寸前の菅直人にたとえた見事な比喩)
「以前、俺は水道橋博士かやるせなすの色々考えていそうな方が首相をすべきだと発言した。あれ以降、博士は発言の場を増やしているが、なんか俺が考えているのと違った。一方のやるせなすの方はどうか。博士を見限って以来、俺は様々な角度から検証を重ねてきた。ブログも見てみた。それによると、記事のタイトルが『歩行喫煙禁止。。。』とか『新年。。。』とか、全部に「。。。」がついている。なるほどと思った。気になることがあった。いったい、3月11日のタイトルはどうだろうか。有事の際に男の真価は問われるものだ。おいそこのパソコンの前の50代、調べてみろ」
「はい?」
「大急ぎで『やるせなす中村オフィシャルブログ』をグーグル検索しろ。そして3月11の記事、そのタイトルを言ってみろ」
 50代は、パソコンをいじくり倒し、検索した。
「あった」
「よし」
 そして、やるせなす中村オフィシャルブログを開く。
「開いた」
「いいよいちいち言わなくて」
 一転し、黙って記事をさかのぼる50代。誰もが息を呑んで見守っている。
「あったか」
「え・・・えーと、あ、あった!」
「言ってみろ。3月11日の記事のタイトルを言ってみろ」
「はい」
 菅も気になっているようだ。時期首相のブログ記事のタイトルを聞くために、眉毛まで出てきた。そして明日の日本の行方を占うタイトルが発表された。
「『地震。。。』」
「こいつはダメだ。俺はそう思ったね」
 そこで微笑むと、瀬戸内海大説教丸は黙り込んだ。死んでいた。これ以上言うことはなかった。