九年後のダムス

 まだ性懲りも無くノストラダムスを信じ、ノストラダムス江原啓之ファンサイト「ノストーラの泉ダムス」を運営していることがバレたので、大学生のシンジは「現実的に生きていこうぜ委員会」に捕らえられた。
 シンジは目隠しをされたまま、尋問を受けた。
「お前はまだノストラダムスを信じているらしいな」
ノストラダムスは凄いんダムス!」とシンジは声を張り上げる。
「おい、もう2008年なんだぞ」
「それはお前の主観ダムス!」
「よし、この語尾、間違いない。連れて行け」と低い声がした。
「止めろ!」
 抵抗していたシンジだが、鼻の毛穴パックに気を失わせるクロロホルム的な薬品がヒタヒタになっていることを知らないで薦められるまま「試したい試したい」と語尾をつけるのも忘れてホイホイ貼り付けたために眠り込んでしまう。鼻の毛穴も驚くほどキレイになってしまう。
 シンジが目を覚ますと、真っ暗だった。体は仰向けになっており、少しも動かせなかった。体全体を固められているような気がした。呼吸は鼻でも口でもすることが出来た。その鼻や手足の指先など、身体の末端だけスースーしている。
「目を覚ましたか」と声がした。
「お前は誰ダムス! いったい僕をどうする気ダムス! 僕は今どういう状態なんダムス!」シンジは大きな声できいた。
「そんなにいっぺんに質問されると、大佐も困っちゃうだろ」と別の声がした。
「大佐だと!」
「そうさ、今最初にお前に声をかけてくだすったのが大佐だ。よく御声を覚えておけ。それから、質問に関しては、俺が答えさせてもらう。最初の質問、大佐のことに関しては、今言ったとおりだ。そして、お前をどうする気か。これについては、モッちゃんから説明がある」
「モッちゃんとは誰ダムス!」
「モッちゃんはモッちゃんだ」
「坂本か!」
「モッちゃんだ」
 少しの間、静かになった。紙をガサゴソやる音が聞こえた。
「えー、どうも。モッちゃんです。私からお知らせがあります。現実的に生きていこうぜ委員会は、現実と関係無さそうな胡散臭いことを言ってる人をこらしめて、もっと現実的に生きていこうぜ、という考えを植えつけるという方針のもと、非営利的に運営されています。そのため、何やら夢物語を喋っている、現実を見ていない人を見つけ次第、現実的に生きていこうぜ委員会は当人を全力を挙げて矯正していきます。例外はございません。私の方からお伝えすることは以上です。モッちゃんでした」
「ありがとう、モッちゃん。おい、わかったか! お前をこらしめてやる!」
「なんて奴らダムス!」
「その非現実的な語尾も、解放される時には言わないようになっているだろう。そんな語尾、就職の面接とかで使ったらやばいぞ。今はまだいいかも知れないけど、お前も大学生、もうすぐ世間に出るわけだし、そういうところから直していかないとやばいぞ。さて、最後の質問、お前は今どういう状態なのかについて、説明してやる。お前は今、仰向けに寝た格好で、地中に埋められている。そして、鼻、手の指、足の指だけが地上に出ている」
「どうりでスースーすると思ったダムス。鼻とか特に」
「それは、お前の鼻の毛穴パックの結果にも関係があるかも知れない。凄く取れてた」
「ゴッソリ……ゴッソラダムスか!」
「いや、ゴッソリだ。ただのゴッソリだ。大佐もご覧になられましたよね。凄かったですよね」
「ゴッソラダムスだった」と大佐。
「大佐っ」と小さな注意の声がした。
「ゴッソリ取れてた」と大佐。
「今、ゴッソラダムスって言っただろ!」とシンジ。
「言っていない。そんな非現実的なことは言わないんだ。ゴッソラダムスなんて知らない。ゴッソリ取れてた、と大佐はおっしゃったんだ。そうですよね、大佐」
「ゴッソリ取れてた」
「そういうことだ。では、次の説明にいくぞ。お前の、その地上に出ている鼻や手足の指先だが、その上には、硬式テニスボールに模した覆いがかぶせてある。そのため、外から見ると、テニスボールが五個、転がっているようにしか見えない。見えませんね、大佐」
「そうとしか見えない」と大佐。
「わかったか。そこがミソなんだ。いよいよ今から始めるが、そうすると、お前の声は地面に施された凄く特殊な技術によって地上には聞こえなくなる。泣き叫ぼうが喚こうが、勝手にするといい」
「いったい何をする気なんだ! ダ、ダムス!」
「ふふふ、既にだいぶ矯正されてきたようだな。しかし、まだまだ足りない。今から、お前が埋められているこのフィールドに、テニス部員を五人離す」
「なんだと! そんなことをしたら――!」
 シンジの声を遮るように開始のホイッスルが鳴り、その瞬間から、シンジの声は全く響かなくなった。
 地上では、ラケットを持ったテニス部員が談笑しながら、五人かたまって小走りの軽快な動きでやって来た。テニス部員たちはテニスボールを見つけると、速度を上げてシンジのそばまで走って来た。そして、各自、テニスボールを拾うために、そこにラケットをバンバン叩きつけた。テニス部員は、ラケットの網の部分を叩きつけるだけでボールを拾うことができるのだ。ところが、今回の場合はボールがまったく跳ね上がらないので、テニス部員たちは中腰の姿勢でいつまでもテニスボールをバンバン叩き続けた。地中にいるシンジの鼻と手足の指先はどんどん真っ赤になっていく。絶体絶命のピンチだ、どうするシンジ!