白と黒の決め付け

「あ、置くとこなくなっちゃいましたね……」
 パンダが誰に言うでもなくそう言い、俺の後輩山田の勝利が決定した。山田は汗一つかかず、麦茶も全然減っていない。比べて、パンダの麦茶のあの減り方。しかもパンダはおかわりまでしていたはず。まさに完勝といえる。
「パンダだからって、オセロで人間に勝とうなんて、甘いんだよ。甘ちゃんだよ」山田がパンダを指さして言った。
「ほんとボク甘ちゃんでした」
「甘ちゃんパンダちゃんだよ。白と黒だからって、みたいなことでしょ。ダジャレだろ、それ? パンダお前……ダジャレでオセロが強くなるの? 一発ギャグで将棋が強くなるの? 強くなったら苦労しないよ。日本人が考えたゲームだよ? それをパンダがお前、自分も白黒だからってお前くそったれそんな」
「山田、山田」
 山田さすがに言いすぎだと思ったので、俺は先輩として注意した。確かにパンダはオセロが弱いが、言いすぎだ。パンダを怒らせたらほとんどクマだということを、チャーハンが上手くなりたいとか言う山田、お前はわかっているのか。パンダがオセロにこだわっているうちはいいが、そういうのをチャラにして生き物の勝負になれば、その瞬間、人間なんて弱肉目線になっているだろう。
「ふん」
 山田はつまらなさそうに鼻を鳴らし、一方パンダは一礼して残った麦茶を飲みほした。そして座布団から腰をあげ、ドアのところまで行くと、そこに置いてあったウエストポーチを装着し、振り返った。
「じゃあ、失礼します。今日はほんとにありがとうございました」
 パンダは四本足で立ったまま、頭だけ下げてまた礼をした。
「おい、何だその態度は。先輩の前で、四本足でお前パンダ白黒……先輩すいませんね。おい、礼儀がなってないぞ。まっすぐ立てよ、しゃんと……オセロは日本人が考えた紳士のボードゲームなんだよ、しゃんとしろよお前パンダ笹大好きお前、お前笹大好きだろ!」
「大好きです。すいません」
「あと、敷居は踏むな。踏んでるだろ後ろ足で。礼儀をわきまえろよたれパンダ中国みやげお前」
「山田、山田、山田」
 俺は山田の口が過ぎるのは山田の悪いところだと思ったので、また注意を促した。だいたい、パンダの国では、二本足で挨拶する方が不良扱いなのではないか。山田、ミスタードーナツで坦々麺を食うそんな山田お前は、そういうことも考えてからものを言った方がいいぞ。
「ほんとすいませんでした」
 パンダは立ち上がった。その立ち姿は非常に大きく、天井まで頭がつきそうだった。そして物凄い迫力、野性の一番厳しいところが意外と薄汚い腹の毛からにじみ出ている。あんなに腹が一番やわらかい、弱点、大事と言ってガチガチに守っておきながら、あんなに汚れてしまうのだ。それが動物だ。とにかくすげえ迫力だった。
「う、う……」
 自分で二本足で立てと言っておきながら余りに怖すぎたのだろう、山田はおしっこをもらしながら、開いていた窓から外へ、ゆっくり回転しながらゆっくり吹き飛んでいった。恐ろしい時ほど人はゆっくり吹き飛ぶ。
 俺は立ち上がった時のクマの大きさ恐ろしさを北海道のホテルのロビーで剥製で味わっているので、なんとか、ムツゴロウがクマと共同生活していたことを思い出すこと、床のカーペットの一番でかいほつれの毛羽立ちにつかまることで吹き飛ばされずにすんだ。
「うちの後輩がずいぶん可愛がられたみたいですね」
 聞き覚えの無い声がして、俺がその方向、パンダの方を向くと、なんと、パンダの後ろにもう一匹、別のパンダがいた。大人のパンダが二匹一緒に居るなんて、豪華な感じがした。
 しかし、それと同時に、俺は直感的に感じ取っていた。今新しく出てきたパンダはオセロが強いということを。吹き飛んだ山田はもちろん、俺も気づいていかなかった新事実が、一気に二つ、いま明らかになった。
 パンダにも先輩はいる。オセロが強いパンダと弱いパンダがいる。
 俺は、おしっこをもらしカーペットのほつれをもぎ取ってしまいながら吹き飛んだところ、天井を突き抜けて名前の知らない黒い鳥と目が合った。違うこれ知ってる、これカラスだ。