ドトールでハッ!

 ドトールの四人がけテーブルの上で顔をつき合わせるようにして身を乗り出している彼らは、別にその行動それ自体がしたいわけではない。ひそひそ話をしているのだ。
「誰にも見つからなかっただろうな」と中日ドラゴンズのベースボールキャップをかぶっている男が言った。
「見つかりませんでした」「見つかりませんでした」「大丈夫でした」
 広島と日ハムと楽天が答えた。
「そんならよし」
 中日は、そこでコーヒーカップを手に取った。広島と日ハムと楽天も、あわてて自分のコーヒーカップに手を伸ばした。それぞれがすすり始めると、顔をテーブル中央に大集合させているため、互いのコーヒーカップが触れ合ってカチカチ鳴った。中日はその音に耳を澄ませた。そして、うんオッケー、と心で言うと、コーヒーカップを置こうとした。しかし、ひしめきあったコーヒーカップは下におりていかない。何かしらの施設の出入り口を三人いっぺんに出ようとしたら引っかかった時の思い出が、そんな思い出無いけどなんとなく脳裏をよぎる。
 中日はその危機的状況を、顔を離すことで回避した。フレキシブルに対応できたぜ今日も、と安堵した。広島と日ハムと楽天も、同じようなことを思っていたらしく、尊敬の目で中日を見た。
「さっそく、発表だ」中日が言った。
「はい、まず俺からいきます」日ハムが言った。
「日ハムは最後だ!」中日が吼えた。
「じゃ、俺いきます」広島が言った。
「広島が最初だ!」中日が吼えた。
 広島はそれを聞いて一瞬身をかたくし、そしてアレッと思って、さらに五秒ぐらい考えて、いややっぱり俺で大丈夫なんだな、という判断をして喋り始めた。
「俺、茶柱が立ったことってなかったんすよ。今まで生きてきて。で、一人暮らししてからはあんま茶なんていれないからまぁそんなもんかって思ってたんすけど、実家にいた時は結構、茶飲んでたし、なんで立たねぇんだろうって思ったんです。で、この前、実家帰ったら、そんで見たら、なんか、あの、茶いれる道具の、瀬戸物のヤカンみてえなやつの中に取り付けてある、網が、細か〜いんすよ、細か〜いんす、目が。髪の毛一本通さねえっすよ、あれじゃ。だから、茶柱が立たないんす」
「ダメだ、それは自分の、個人の経験だろう。必ずしもそうじゃない。茶柱立ってる人も沢山いる。俺個人的にはハッとしたけど、うちもそうなのかもってハッとしたけど、全体的じゃないな。真実じゃない。そういう意味じゃちょっと物足りない。じゃあ次、日ハム」
「え、でも俺、え、最後じゃないんですか」日ハムが驚いた。
「最後が楽天だ!」中日が吼えた。
「でも、さっき」日ハムが食い下がる。
「フレキシブルフレキシブル」広島が野球部の「ツーアウトツーアウト」の感じで言った。でも広島に野球部経験はなかった。
「え、じゃ、俺、いきまっす。あの、醤油さし、ありますよね。あれ、どういうの使ってます?」
 誰も、何も答えなかった。発表中に意見を皆から引き出すのは禁じられていたのだ。日ハムのウッカリミスである。すぐに気づいて、日ハムは話を再開した。
「あの、あれ、普通に自分で東急ハンズとか雑貨屋で買ったりする人もいると思うんですけど、実は、あれ、キッコーマンの作ったあのやつを使うのが一番いいんすよ。俺いろんなの試したけどあれ最強っす」
「ダメだよ全然ダメ。それも自分の経験だし、俺は昔からキッコーマンの使ってるよ。グッドデザイン賞のやつだろ? 使ってるよ。他にも使ってる人いっぱいいるよ。売ってるんだから。全然、ハッとしないよ。なんかそれを俺だけ知ってるみたいな言い方して、そんなのお前、嫌われるぞ。いじめ、おこりうるぞ」
「すいません」日ハムは小さな声で言った。
「しっかりしろ!」中日は吼えて、仕切りなおす意味もこめてコーヒーを飲んだ。「広島が最後だ」
「え」広島は呆気にとられた。
「ん」これは中日。
「フレキシブルフレキシブル」日ハムが広島の方を見て言った。
「今のは言い間違いだろうが!」中日が日ハムに吼えた。
「すいません」日ハムが言った。
「お前は今の俺の話を何を聞いてたんだ。人のことを気にする暇があったら自分を磨け。あと、でしゃばるな!」中日の顔は、帽子と対照的に赤黒くなっている。地黒なのだ。
「すいません」日ハムはなおも言った。
「すいませんばっかりか!」中日が吼えた。
「ごめんなさい」日ハムが言った。
「言い換えたな!」中日が吼えた。が、自分でも今のは何を言いたいのかよくわからなくなって、ふきだしそうになってしまった。それを必死でこらえた。三人も、腕で口元を隠しながら笑っているのを隠した。
「楽天が最後だ」
「はい。僕が考えてきたのは、天才卓球少女の愛ちゃんは実際のところあんまり天才じゃなかったんじゃないかということです」
「これだよ、これ!」中日が叫んだ。「こういうの!」
 広島は、ほぉ〜、というように口をつぼめて感心した。
 日ハムは、今日の結果からいって、今日のコーヒー代は自分持ちになることを覚悟したが、中日が毎回ただでコーヒーを飲んでいるという事実に突然気づき、次の時はその、中日さんは毎回ただでコーヒーが飲める、という「ハッとしちゃう真実のエピソード」を発表してコーヒーをただ飲みしてやろうと考えていた。