俺のナオン、人のナオン

 蒸っしの暑っい終戦記念日、俺たち平成のズッコケ三人組はファミレスで自分のナオンを紹介しあっていた。人の付き合っているナオンは俺のナオンと比べてどうなのかホント超気になる。友達ならなおさらなんだ。
 運良く、デルタの一辺に二人ずつ座る席に案内されたので、俺は俺のナオンを隣に座(はべ)らせた。野崎のナオンも野崎の隣に座(はべ)り、土井のナオンはまだ来ていない。
「このハンバーグセットを俺と、俺のナオンに」と俺は店員を指さした。
「セットの方、ライスとパンとナンと頭頭と選べますけど」
「頭頭? 松っちゃんの? 感心な店だな」と俺はメニューの中にツバを吐いた。俺のナオンがこういうの好きだから。
 手早く注文をすませ、まずは俺からナオンを紹介することにした。先制攻撃だ。
「これが俺のナオン、ユキ」と俺は言って足を組み直し、指をナオンに向けて首を反対側向けた。「23歳で、アパレル関係に勤めてるぜ」
「はじめまして。やることなすことアパレル関係なの。よろしくね」
「よろしく」と野崎が顔色一つ変えずに言った。
「よろしく」とこちらは土井。「やっぱりオッシャレ~な格好してるんだね」
 親友二人の視線がいやらしく俺のナオンを品定めにかかる。こうなってくると、ファミレスが築地市場に見えてくる。俺のナオンもマグロに見えて……バッ、誰がマグロ女だ!

 野崎は近藤のナオンを凝視していた。そしてこう考えた。クゥ~~~ッ! 近藤のやつ、めちゃくちゃそこそこのナオン連れてるじゃねえか。こいつは相っ当まずまずだぜ。もう少し、動物園から逃げ出して上手く変装したカバみたいな顔をしていなければ、俺のナオンがかすんでかすんでかすみ草だったぜ。ただ、まだ見た目だけだからな……ナオンってやつは、木をみて森を見ずでは本質を取り逃がすぜ……UFOキャッチャーで取れないとめちゃくちゃ金をつぎこむタイプだったりしてなあ…?)
「さて、次は俺のナオンの番だな」と野崎は言った。「俺のナオンは、こいつ、ミナコ。19歳の大学生。キタコレ」
「ミナコです。今日は緊張してます。よろしくお願いします」
「よろしく」と近藤は鼻をほじりながら言った。そしてこう考えた。クゥ~~~ッ! やんやや、やっこさんめ、どこでリアル女子大生なんかつかまえやがったんだ。まったく、このミナコとかいうナオン、まず名前がいい。ビッグ・ダディのアレじゃんよん。顔は今の今まで本物の研ナオコかと思って、本物の研ナオコと付き合うなんてとんでもないことになったとドキドキしていたが、どうやら俺の早とちりだったみたいだな。冷や冷やさせやがるぜ・・)
「よろしく」と土井はよろしくばっかり言う。「どこで知り合ったとか、色々聞かせてよ」
「よろしく」俺も言った。
「よろしくね」俺のナオンも言った。
「それで、僕の番だけど」と土井はもみあげを指でつまんでねじりながら言った。「ごらんの通りまだ来てないんだ。ごめんね」
「なに、楽しみはあとに取っておくさ。とっときのナオンを頼むぜ!」
 それから俺たちは、使っているシャンプーとナオンの良さ、ナオンの嫌いな食べ物、筆箱の変遷、ナオンのやってみたいヘアスタイル、LED訴訟、ナオンはタイムマシンがあったら未来に行くか過去に行くか、深海魚、花札ハイパーインフレ、パチンコ、水道水の美味い季節、ウーマンラッシュアワー、ちょい足しクッキング、ナオンから見たナオン~それはちょっと編~などなどの話をしながら、飯をパクパク食べ始めた。
 俺は突如としてめちゃくちゃに咳き込んだ。涙目になってパンダ目になった。
「大丈夫? 無理しない方がいいよ」と俺のナオン。
「大丈夫だよバカヤロウ。弱音を吐くな。くそっ! いい加減 白いごはんがほしいっ! けど平気さ」
「やっぱり頭頭じゃなくて、ライスにすればよかったんじゃない?」
俺「平気だよ。後悔してないよ。俺ベストな選択したよ! 松本人志は天才なんだよ! 黙ってろよ!」
 口ではえらそうなこと言ったが、毛のかたまりをどうすればいいのか皆目見当がつかずに機をみてもさもさ毟りとって口の中でダマにするのも、もう限界だ。救いは、野崎のナオンも同じ注文をしているために、いつもなら鬼の首を取ったように人のミスを指摘してくることで知られる野崎がおとなしくしていることぐらいか……。しかし、恥かいちまったぜ。ポイントをしくった。挽回しなきゃ男がすたるぜ!
「そうだよね。だって、セットがプラス300円なのに、大好きな松っちゃんのそんな好きじゃなくてもビデオに出てくるの食べられてほんとラッキーだよね。この前のガキの企画もけっこう及第点?な出来だったし、ぬいぐるみ半脱ぎしたトークしなくなったし、飲み物とスープ代引いたら、絶対すごい得だよ」
 お、俺のナオン……という風に俺の唇が動いた。
「しっかりしてるなぁ、近藤くんの彼女は」と土井が言った。
 俺は、俺のナオンはなんてしっかりしていいナオンなのだと思った。頭の回転も速いし、松っちゃんに詳しいし、何よりそいつを優しさのために使えるナオンだ。
 野崎、土井。どうだ俺のナオンは。よしよし、そうそう。二人とも俺のナオンをきっちり見ておけ。見てる見てる。ん? 野崎の顔がおかしいぞ。その顔……まるで俺のナオンにハエでもとまっているのを鼻で笑うような……な、な、なんな、なにぃぃ!
 ハエがとまっていた。とまっているというか、俺のナオンの顔をハエが爆走していた。
「だから、ほんと頭頭はベストな選択かもしんない」
 しかもこれ、俺のナオンときたら、ぜんぜん気づく様子がねえ。何がベストな選択だよ。救いといえば、野崎のナオンの胸元にもでっかいハエがとまっていて、ペンダントの飾り、もしくはタトゥー、もっと言うと海外のアイデア小便器みたいになっていることぐらいか……。野崎もそのせいで勝ち誇った顔をしようか考え込んでいる表情を浮かべるに留まっているが、俺のナオンのハエの方がすごく元気がいいから勝ち誇るのも時間の問題か……でも野崎のナオンのハエの方が大きさ的には……ん? ちがう。なにィッ野崎の顔! いつの間にやら、すでに、すでに勝ち誇っている! どうしてだ、俺の方がハエが元気なくらいで。だって、今の今までは……。
「ねえ、私のナン、ちょっといる?」しょうが焼きにナンをつけた俺のナオンが言った。
「え?」
 ナオンの顔を見て絶望した。ハエが、三匹になっていやがった。俺のナオンの顔のハエはわずか二秒の間に二匹増えて三匹。しかも、そろいもそろって、上空から見たF1カーのように激しく、手足をこすりあわせながら大爆走である。体感では二十匹いる。俺は口から心臓が飛び出しそうなのをおさえて、冷静を装い、口笛を吹き吹き、グラスをつかんで、ナオンに声をかける。
「なあ。俺のドリンクとってきてくれよ。アイスティーな」
「え? う、うん。ナンは?」
「いいんだよ早く行け! 愛してるぜ!」
「OK!」
 俺のナオンはナンをテーブルにじかに置きっぱなしで席を立った。ふ、ふぅ……難を逃れたぜ。野崎も土井も、今の一連の出来事(ハエ事件と命名)でだいぶ自信をつかんじまったらしい。このロスは痛い……。果たして、取り戻せるのか……。
「近藤、おまえのナオン、かわいいとこあるじゃないか」野崎が勝ち誇った顔のまま言った。そのせいでぼろぼろ食べこぼした。
「くっ」俺はくやしくてくやしくてたまらない。
「ドリンクはまだ残ってたのに、どうして行かせたんだ? くっくっくっ……」
「ちょっと二人とも、よしなよ!」
「野崎、おまえのナオンの方こそ、かわいいタトゥーしてるじゃないか」
 野崎はニヤリと笑った。「タトゥー? なんの話かな?」
「その、胸元のハエの・・な、なにィッ!」
 俺が視線を向けた野崎のナオンの胸んとこ、そこにハエはいなかった。いないというか、つぶれて緑っぽい液体だけが残っていた。面食らったが、ひるまず第二攻撃、両手を指さす形にしてドッキングさせ、口を結んで開いて動かし、次なる台詞「きったねえな」を準備する。
「なになに? なに?」と野崎のナオンはすっとぼけをかました。
「なんでもない、俺の野菜ジュースをとってこい!! 一刻も早くだ!!」野崎が叫んだせいで、俺のきったねえな、がかき消された。
「え? でも私たち、ドリンンクバー頼んでないよ」野崎のナオンは鳩が豆鉄砲を喰らったような顔で言った。
「かまわん」と野崎。
「そんな、ダメだよ野崎くん。ちゃんと後でお会計してよね!?」と土井が少し腰を上げた。
「かまわん。うるさい。死ね」
「黙って飲んどきゃバレないんじゃない?」と野崎のナオンも野崎に加勢した。
「そ、そうかもしれないけどさ」と土井は不安げな表情だ。
「ビビってんの?」野崎のナオンは土井にはき捨てるように言うと席を立ち、手を広げ壁にはりつく忍者みたいな動きで周囲を警戒しながらドリンクバーに向かった。
 デリカシーのない女だと攻撃するチャンスではあったが、その前に俺は言っておかなければならないことがあった。
「……卑怯だぞ、野崎」
「だから、さっきからなんの話だ?」
「ハエを殺すなんて、そんなのありか・・・卑怯者!」
「ありもなしも、あれは俺のナオンが自主的にやったんだ。おまえのナオンはハエが顔中駆けずり回っても気づかない低レベルのナオンみたいだがな」
「なんだと……」と俺は歯ぎしりが止まらないよ。ほんと。
「二人とも、そんなことでケンカするのはやめなよ。そんなのに上も下もないよ! 確かにあんなに動き回ってるのに気づかないのはどうかと思ったけど……それでもバカにするのはやめなよ!」
「生きバエ顔中ぶん走らせのナオンと、死んだハエの汁お胸にちょいつけのナオン、どちらが汚い女かな?」
俺「くっ……」
「どっちもきたないよ! 僕がおかしいの!? いや決してバカにするわけじゃないけど!」
「土井、文句を言うなら、さっさとおまえのナオンをつれてこい。さぞかし極上のナオンなんだろ? お前のナオンはどんな風にハエを料理しているかな……?」
土井「い、いや、ぼくはそんなつもりで来たんじゃないから……ハエは一匹たりともついてないと思うし……ていうかどうして2人とも、ナオンって言うの!?」
「お待た。持ってきたよ」と背後から突然の声。俺のナオンの声。
「お、サンキュ」で振り返った俺の息が止まった。「ウ……」としぼり出した。
 俺のナオンの顔は、もうハエで見えなかった。どうやら厨房の前を通りかかった時、厨房にいたやつを全部、根こそぎ、持って帰ってきたらしい。
 野崎はニヤリと笑って、やがて高笑いしてソファに沈み込んだ。土井もこれには閉口したらしく、わざとらしく下を向いた。口でどんなに殊勝なことをいっても結局はこの程度だ。だから、男はみな、ハエのついていない、いいナオンをつれていなければダメだ。ぐうの音もでないほどのいいナオンを連れ歩かなければならないのだ。
「結局、ナオンは男を輝かせるためのアクッセサリーにすぎないんだ。だからこそ、ナオンは男のマスト・アイテムなんだよ。お前もそう思っているんだろ」
 俺は土井にしか聞こえないジャストな声でささやいた。見ての通り、俺のアクセサリーはハエだらけで何一つ見通せない。さっきから何か言っているんだが、羽音でよく聞こえない。さっきの「お待たせ」がよく聞こえたもんだと逆に感心する。しかし俺は、このナオンで、ひとまずこのハエだらけのナオンで勝負するしかない。
 土井は返事に窮しているようだった。ぐうの音も出ないというやつだ。いいナオンでぐうの音が出ないんじゃなくて、ハエの数でそうみたいだった。そのうちに、野崎のナオンが戻ってきた。野崎のナオンは、怒った顔のウェイターに羽交い締めにされていた。
「おけえり」野崎はそれを見ても穏やかに声をかけた。
 どうやら無視しているらしい。心臓の強さがそれを可能にしているが、無理がある。野崎、あきらめろ。お前のナオンは野菜ジュースを汲もうとして、ドリンクバーを頼んでないから、とっつかまったんだ。これからは、罪深きメスブタとともに一生十字架を背負うんだな。
「ああ!!」と土井が叫んだ。ぐうの音でなく、叫んだ。「ハ、ハエが移動してる! 近藤くんのナオンから、野崎くんのナオンに、ハエが全部移動していく!」
 その叫び声はファミレス中に響き渡った。みんなこっちを見ていた。
 俺も見た。見ると、確かにハエが一匹、また一匹、二匹、三匹、四匹と、俺のナオンの顔から野崎のナオンの顔に移動していくじゃないか! 
「野崎、貴様はもう終わりみたいだぜ! いけ! いけーーーー!!」
土井「気持ち悪いっ! 見て、どんどん、全部移動していくよ! うぇぇ気持ち悪いっ!」
 そして、見ろ! 一気に、きた、きたきたきた! 今度は二十匹ぐらい一斉に動いた!!
 最終的に、三割ぐらいのハエが移動した。それで落ち着いた。
「ごめん、ぜんぜん全部じゃなかったね!」と土井が空元気の声で言った。
 けっこうデカめのやつが主に移動したおかげで、少なくとも野崎のナオンの顔は見えなくなった。が、特に俺のナオンの顔も見えるようになるわけではなかった。2人ともハエで見えなくなった。野崎のナオンの後ろのウェイターはなんとか顔だけ遠ざけてがんばっていた。
「とりあえず、座ろうぜ」野崎はこの惨状を見てもなお言った。
 ナオンを無理矢理座らせると、背中と背もたれの間にウェイターがエビぞり状態で挟まってしまったが、野崎も野崎のナオンもまだ涼しい顔とハエだらけの顔をしている。どこまで心臓が毛深いのか。
 俺は座って様子をうかがう。なんだかんだ言って俺のナオンもハエで顔が見えないし、ここは下手に動かない方がいい。それに、待っているだけで、奴らはドリンクバーをタダ飲みにした自責の念にかられてくるはずだ。ウェイターも、今は黙って羽交い締めにしているだけだが、いつまでも黙ってはいないはず。ハエにも動きがあるはず。
 誰も動けないまま時間だけが過ぎる中、とつぜん、1人のナオンが現れた。
「こ、こんにちは~」とそのナオンは姿勢を低めて遠慮がちに現われた。
「あ、サヤカちゃん!」と土井がすっとんきょうな声を上げた。
「ごめん、遅れちゃって……」と顔の前で手を合わせるサヤカちゃんとかいうナオン。
「近藤くん、野崎くん、紹介するよ。これ、ぼくのナオン、サヤカちゃん!」
 土井のナオンは、クゥ~~~~ッ!! いいナオンだった。まるでモデルのようにスラッとした足。お前モテるだろ! モデルだろ!という顔。モデルと思しきよい歯並び。ほどよく出た胸、尻はモデルを彷彿とさせ、非の打ち所がないモデルだった。野崎を横目で見ると、やはり、クゥ~~~~~~ッ、ハッハッハッハッハッ! という顔をしている。
「え? え?」
「ウ、ウソ!? ホンモノ!?」
 2人のハエまみれのナオンが、なにやら慌てふためきだした。こっちからは目が隠れて見えないのに、本人たちには土井のナオンが見えているらしい。こいつら、どうなってるんだと俺は思った。
「モデルの杓谷サヤカ!?」
「ホンモノだ!」
「そうなんだ。ぼくのナオンは、いま若い娘たちの間で大人気の雑誌『B&B』モデルの杓谷サヤカなんだよ。黙っててごめん!」
 土井の勝ち誇ったような満面の笑みを見て、俺は飲んだアイスティーを全部、一気に、汗で出した。野崎は、凄いスピ−ドでそんなにやわらくないソファに埋め込まれて、ほとんど見えなくなった。
「近藤くん、言っとっけど、ナオンは決して男を輝かせるためのアクセサリーなんかじゃないよ。男こそ、ナオンをビカビカに輝かせるためのアクセサリーなんだ。汚いアクセサリーをしているナオンほど汚いものはない。君たちのナオンをごらんよ。ハエまみれじゃないか! ナオンに罪はない! 君たちが招き寄せたんだ! 汚いのは、君たちの心だ!」
 俺はソファから顔だけ見えている野崎が白目をむいて気を失うのを確認してから、コーンスープに口をつっこんで窒息、気を失った。土井なんて誘わなきゃよかった。
「あ、大丈夫? 気ィついた!?」
 病院で目を覚ました俺をハエのいなくなった俺のナオンが真上で出迎えた。
 俺のナオンは写メを見せてくれた。写メに映った3人のうち2人は、ハエで顔が見えなかった。でも、俺のナオンはそれを宝物にするらしい。
 俺のナオンのバッグには、半分ぐらい残った頭頭がのぞいている。俺が松っちゃん大好きだから、俺のために持ってきたんだ。俺はそれを大事にする。そして俺のナオンのことも大切にする。ずっと一緒だぜ。