キャンパスライフを謳歌してる場合、平日に友達とキャンプに行けるんだぜ

 俺達は大学生、仲良し五人組。男3の女2、恋愛感情はかなり微妙なところ。この人数の場合、普通なら安易にフルハウスとか表現するところだけど、俺達も自分達のこと、そう言ってるんだぜ。そして、テレビの『フルハウス』とも、あったかみがあってにぎやかで幸せな関係、みたいな意味でかかってるんだぜ。自慢じゃないけど、俺、キャンパスライフみたいなものは謳歌している方だって断言できる。本当に大学生って楽しいんだ。サークルだって当然掛け持ち、テストの情報は先輩から入ってくるし、大教室では固まって座るんだぜ。バイトも頑張って大変だけど、でも、すげえ、すんげえ充実してるって感じ、するんだ。人生は出会い、本当にそう思うんだ。
 そんな俺達仲良しフルハウス五人組は、梅雨入り前の空いてる平日を利用して、山へキャンプに来たんだ。平日に遊びに行くのは、大学生の醍醐味だぜ。その分の授業はさぼっちゃったけど、それより大事なものがあるような気がしてるんだ。この大学に入ってみんなに出会えて本当によかった。俺、いっつも思ってるんだ。寝る前にも思うんだ。毎日が楽しすぎて、逆に怖いんだ。世界でトップ10の充実ぶりかも知んない。せっかくの四年間の大学生活、エンジョイしなきゃ損だもんな。充実した四年間にしたいもんな。
 でも、俺は初日の夜にダウンしちまった。ちょっくらはしゃぎすぎたんだ。川に飛び込んだせいかも知れない。俺はマリッペとシンヤに付き添われて、午後三時なんて早い時間にテント入りしたんだ。
「少し寝てた方がいいよ」ってマリッペは言った。マリッペは本当に優しくて、お菓子作りが趣味なんだ。マリッペが自分で焼いて大学に持ってきたクッキーを食べたことがあるんだ。
「うん、そうするよ。残念だけど、さすがにしんどいんだ。ああ、もう、最悪だぜほんと」
 俺はマリッペのことちょっと好きだし、看病してくれるかなとかそういう期待もあったりなかったりしたんだけど、二人はそのまま戻っていった。とにかく今は寝て、夜に起きて治ってたら、ギターも持ってきたし、火を囲んで、俺の演奏で流行の歌を歌うんだ。そう思ってた。俺は目を閉じて、いつの間にか眠ってしまったんだ。やっぱり疲れてたのかな。
 目を覚まして携帯電話で時間を見たら、もう七時だった。誰も来なかったみたい。マリッペも、ミーちゃんも、シンヤも、ユウジも、誰も来なかったんだ。俺はテントから顔を出した。テントは二つ持ってきてるし、ジュージュー肉を焼くやつも炭もあるはずだけど、近くに何もなかった。テントのセットはあそこの木の根元に置いておいたはずだけど、今はなかった。もう七時なのに、肉の匂いもしなかった。大自然だけがあったんだ。そして、俺は完全に風邪をこじらせていた。立ち上がっただけで、ふらふらとしゃがみこんでしまう状態になっていたんだ。ちくしょう最悪だよ。せっかくキャンプに来たっていうのに。でも、これはこれでネタになるかもな。俺ってそういうエピソードっていうか伝説多い方だからな。
「みんなー」
 俺は言ったけど、どうにもへなへなした声になっていた。真っ暗で、俺の声はすぐに消えてしまった。
 寒くって、俺はまたテントの出入り口のチャックを閉めて、シュラフにもぐりこんだんだ。待とう、みんなを待とう。待と待と。ランタンに火を入れると、驚くほど明るくなった。みんなどうしたんだろう。川に流されたのかな。まさかな。森で迷ったのかな。俺がいなくて、ちゃんと盛り上がったかな。その時、ふとテントの中を見回してみると、みんなの荷物がなくなっているのに、俺気付いたんだ。じゃあ、みんな、一回ここに来たんだ。そして、なんでかわかんないけど、荷物を持っていったんだ。俺はじゃあ、ずいぶんぐっすり眠っていたんだ。起こすと悪いと思ったんだ。起こしてくれていいのにな。ご飯になれば呼びに来るよな。
 その時、外で土や草を踏む足音が聞こえた。心なしか、ゆっくりとした足取りだ。みんなが帰ってきたんだ。でも、それにしては足音の数が多いことに俺は気付いた、気付いたんだ。俺は、少しだけチャックを開いて覗き込んだ。俺が目にしたのは、なんと、ゾンビだった。十人ぐらいの、ゾンビだったんだ。俺、驚いたのなんの。ほんとに驚いたんだぜ。急いでチャックをしめて、シュラフを頭からかぶって、出来るだけ小さくなった。ランタンは消す暇も無かったし、消したらもっとバレるだろ。俺、機転きくんだ。
 足音はどんどん近づいて、テントのすぐそばまで来たのがわかった。
「開けるよ」ゾンビが話しかけてきた。
 俺は黙っていた。
「いるんでしょ、開けるよ」
 やわらかい物腰だったので、俺は一か八か返事をすることにしたんだ。
「ダメだ。開けるな、止めろ」精一杯の声を出した。
「開けてよ」
「ダメだ、止めろ」
「ペリカン便ですけど」
「なんだと」
「開けてよ。ペリカン便だよ」
「amazonで注文なんかしてないぞ」
「別にamazonとは限らないだろ」今まで喋っていたのとは別のゾンビが言った。
 俺はなんだか恥ずかしくなって、顔が赤くなったのが自分でもわかった。
「だいたいペリカン便はこんなところまで来るもんか。絶対に開けないぞ。ゾンビだろ、お前らゾンビだろ。俺はさっき見たんだぞ」
 ゾンビはそれでざわざわ話し合いを始めた。しばらく、ごちょごちょやっていた。途中、「いやいやいや」という声だけが聞き取れた。その間も、俺はじっとしていたんだ。鼻がつまっていたので、口で大きく呼吸していた。風邪が相当ひどいんだ。今日は本当についてない。この二年ちょっと、風邪なんてひいたことなくて、本当に充実していたのに、今日は本当についてないよ。俺の人生の中で最高の二年間とちょっとだったのに。
 やがて、話し合いが終わったようだった。
「君さあ」とゾンビが言った。
「なんですか」
 そう言ってから、俺は、さっきまでと口調を変えてしまったことに気付いた。時間が空いたから、そうなっちゃんだ。ゾンビの方でも少しそれを気にしたのか、ちょっと黙った。恥ずかしいぜ。でも別にいいだろそんなことは。うるせえよ。
「ハブられてるよ」
「は?」
「こうやって言うのもなんだけど、あの四人に、ハブられてるよ」
「何がだよ。そんなことされてないよ」
「いやいやいや」
 さっき聞いた「いやいやいや」と同じ声が、ちょっと遠くの方から聞こえた。
「されてないよ」
「そう思いたいよね」
「思いたいとかじゃなくて、お前らにはわからないだろうけど、俺達五人はまるで兄弟かと思うほどすげえ気が合うし、一年からずっと一緒なんだ。多分、前世でもそうだったんじゃないかっていつも言ってて、そんでちゃんとした人に占ってもらったら、俺だけロシア人だったけど、かなり年代的にも近かったから本当にそうなのかも知れない。しかも、俺が中心で会話がまわるみたいなとこがあるし。なんていうか、俺がいない時とか四人でどうやって喋ってるのかなっていうか」
「そこじゃないの」
「何が」
「そういうとこじゃない?」
「何がだよ」
「ハブられちゃうの」
「そんなことされてないよ。勝手になんだよ」
「だって、今、一人ぼっちでしょ。キャンプ来て一人ぼっちとか、なる? この晩飯時に、普通、なる?」
「知らねえよ。状況によるだろ」
「向こうにさ、もう一つのテント立ってるよ。結構遠いところに。車もあっちあるよ」
「それはあれだよ、風邪だから、隔離されたんだよ」
「川の向こうだよ。一緒に来て川挟んでるのって、おかしいよ」
「知らないよ。偶然だろ、その時のタイミングとか色々あって、そうなっちゃったとか、色々あるだろ。もう帰ってくれよ」
 急に、テントに触れる音がした。シャイシャイシュイシュイいいはじめた。外からチャックのところをいじくっているらしい。
「おい、勝手に開けるなよ!」俺はなんとか叫んで注意した。
 ゾンビは無視して、ガサガサやっている音は止まなかった。そこで俺の堪忍袋の緒が切れたんだ。
「おい、止めろよ」
 俺はシュラフから顔を出した。やっぱり何人かの手がチャックのところをいじくっていて、その度に少しへこんだり突っ張ったりしていた。入れ代わり立ち代わり、俺がやる俺がやる状態で、何本もの手がそこをいじくった。俺はやっぱり調子が悪くてなんだか止めるのも面倒くさくなって「止めろよ」と繰り返しながら見ているだけだった。
 やがて、ゾンビは開けるのをあきらめて、手を離した。
「これどうやって開けるの?」
「普通にだよ」
「ていうか、中からしか開けられないんじゃない? 安全面からいって」
「そんなことないよ。そしたら困るだろ。そんなことないよ。だいたい、さっき人が来て開けたから、そんなことないよ」
「じゃあ、そっちで開けてみてよ」
「やだよ。開くよ。ちゃんとやれよ。あの、チャックの持つところあるだろ。それを探せばいいんだよ」
「それは探してるけどさ」
 ゾンビはまた出入り口の周りをいじくり始めた。
「早くしろよ。チャックを探すんだよ。それが見つかればいいんだから」
「うん、もっかい見てるけど」
「とにかくチャックの持つところを探せばいいんだよ」
「今やってる、今」
「チャックのさ、あるじゃん、持つところさ。あれを探せば、それでいいんだよ」
「わかるわかるって。やってる」
「それを動かせばいいんだからさ。そうに決まってるじゃん。チャックなんだからさ。それを探せよ、まず」
 ゾンビの手が止まった。
「そういうところじゃない?」
「何がだよ」
「自覚してないのが一番まずいと思うよ」
 そう言いながら、ゾンビはまた手を動かし始めた。
「なんなんだよお前ら、勝手に俺達のテントに来て、なんなんだよ」
「俺達」
 ゾンビがはっきりした口調でそう言ったその時、テントのチャックが見つかったらしく、いきなり出入り口のチャックが開く音がした。ぺろんと出入り口が開き、それと同時に、恐ろしいどろどろのゾンビがなだれこんできて、あっという間に俺を覆いつくしたんだ。テントゾンビでパンパンになった。そして、ゾンビたちが全員立ち上がって、なんとかテントから出て行き、最後に俺がテントを出た時、俺は完全にバイオハザードに出演できる状態になっていた。風邪気味でフラフラしているのがまたいい感じだった。
「行こう」
 リーダーのゾンビが前に立って、うめきながら、歩き始めた。俺も、自然に同じ動きをすることが出来た。そして、俺達は川に向かい、しばらく川辺でうめいてウロウロしていたが、最終的に、夜だし川に入って向こう岸まで行くのはかなり危ない、という判断が下され、橋に突き当たるまで移動した。そして、橋を渡った。そして、四人のいるテントが近づいてきて、火の明りが、下っ端ゾンビとして一番後ろに並んでいる俺にも見えた。
 しかし、先頭でうめいて歩いていたリーダーが、突然、今にも目に付く場所へ飛び出すというところで、何かに気付いて振り返った。それから、慌てた様子で、姿勢を少し低くしながら、手を広げて、みんなを追い返すように動かしながらこっちに引き返し始めた。わけがわからないでいる一人の仲間に何か耳元でささやき、すると、ささやかれた仲間がまたこちらを振り返り、また別の仲間にささやいていった。そして、いつの間にか、ゾンビ全員が、無言で俺の腕をつかみ、追い立てるように道を引き返していた。また橋を渡ると、俺を川辺に座らせて、ゾンビのみんなはその周りを取り囲んだ。
「落ち着いて聞いてね。取り乱しちゃダメだよ」
 顔の前に垂れたみんなの目玉が、心なしか優しかった。俺は耐えられなくなって下を向いた。俺はもうなんとなくわかっていたんだ。
「あいつら、二人しかいなかったけど、くっついてエッチし……あいつらセックスしてたよ」
 ゾンビはなぜか言い直したけど、俺はそんなことは、もっと前からなんとなくわかってたんだ。さっき、ゾンビのみんなが「ヤってる」「ヤってるヤってる」とささやき合うのが聞こえる前から、もっと、キャンプに来る前からわかってたんだ。
「多分、別の二人はテントじゃないかな」
「だね」
「あんな奴らのこと、もう気にすることないじゃん」
「でも、こんな経験、滅多にできないよ。きっといいゾンビになれるよ。凄い怨念だよ。ゾンビと怨念が関係あるのか知らないけどさ」
「あいつらがくっついたからってどうってことないよ。凄く怖いゾンビになって見返してやろうよ。今度来たらおどかしてやろうよ」
「飯盒のふた隠してやろうよ」
 俺はもうずっと前からそんなことはなんとなくわかっていたのに、そしてもはやゾンビなのに、なんだか色々思い出して泣きそうになった。けど、ゾンビだからか知らないけど、凄く悲しいのに、ぜんぜん涙が出なかったんだ。