『大江戸飼い鳥草紙 江戸のペットブーム』細川博昭

 

 
 本書はその名の通り、江戸時代の鳥飼いの流行について書かれている。
 そもそも江戸時代、鳥は今よりもっと身近な存在であった。森林から断続的に残されている木々を伝って、野鳥が市中に頻繁に姿を現していた様子も紹介されている。
 この本に書かれたものではないが、シュリーマンの幕末の日本滞在記では、現在のありふれた光景が、異なる統治体制の中で百五十年前にもあったことを確かめられる。

 江戸城の堀に沿った美しい道を進んだ。堀にはつねに、数えきれないほどの雁や野鴨などの野鳥が群をなして集まっている。鳥たちはここならまったく安全であることを知っていて、いかにものびのびしている。この堀の鳥を殺すのはもちろん苛めただけでも死刑に処せられる。

 (『シュリーマン旅行記 清国・日本』p.147)

  そんな状況で、鳥を飼うことはさらにポピュラーなものだったという。
 主にその姿と鳴き声を楽しむためという名目で飼われた数は、世帯数からの割合からすれば今の比ではなく、多くの軒先には鳥かごがぶら下がっていたというし、もちろん飼育用の鳥を販売する業者も数多く商っていた。それが沢山出入りした愛鳥家の曲亭(滝沢)馬琴なんかは、多い時には百羽近くの多種の鳥を飼った。『馬琴日記』には多くの鳥の話題が出てきて、飼育の苦心と楽しみを見ることができる。

 江戸時代の鳥の飼い方は、もちろん科学的に間違っていたものもあるが、逆にその多く、例えば糞からの健康診断法や各種不調への対処法などは概ね正しく、鳥ごとの特徴を考慮した鳥かごや止まり木、文鳥などが使う壷巣なども、この頃からさほど形を変えずに今に至っている。
 当時の「鳥の飼い方」のベストセラーに、泉花堂三蝶の『百千鳥』という本があった。特筆すべきは、その「序」が、本来は野生に暮らす鳥というものを飼育するにあたっての倫理について書かれているという点だ。

 『百千鳥』の「序」は、「予壮年の頃より、小鳥を好て常の楽とす」という文章から始まる。だが、それに続くのは、籠の中に入れられた鳥は苦痛を感じているに違いないと指摘する人間がいる、という記述である。
 それに対し、反論する形で泉花堂三蝶はこう述べる。
「野鳥は寒さを逃れることも、雨風を逃れることもできない。餌や水に困ることもあり、鷲や鷹に襲われることもある。羽が抜け変わるトヤの時は、フクロウやミミズクなどにも怯えなくてはならない。だが、籠で飼われる鳥は寒さ暑さを心配することもなく、餌や水の心配もいらないではないか」と。
 そう述べた上で、だが、と彼は続ける。「飼い鳥は適切な飼育がなされなければ、命を縮めることになる」。その言葉の裏には、野鳥より短い命になってしまうのなら、飼い鳥になった意味がないという思いが隠れている。そして、「だから私は、人に飼われる鳥が不幸にならないためにこの本を書くのだ」と泉花堂三蝶は綴るのである。

 (p.154)

  著者は、「人に飼われるのが鳥にとっての不幸なら、自分が飼育書を書くことはさらに不幸な鳥を増やすことに繋がるのだろうか。そんな疑問に真剣に悩み、みずからの答えを導き出し、飼育書を書き上げることを決めた人物」だと評している。
 確かに、上の文章には、開き直りよりも覚悟のようなものが感じられてならない。

 マヂカルラブリー野田クリスタルは、ハムスターを飼っている。はじめは動物番組に出るためというよこしまな理由で飼い始めたらしいが、今の心持ちは「(平均寿命の)3年間、何も嫌なことが起きないでほしい」というもので、テレビ局に連れていくような仕事も全て断っているらしいと話題になっていた。
 「それに比べて」と色々な人が貶められているのも目にしたが、「現代では」「SNSという場では」なんて常套句を言うまでもなく、少なくとも江戸時代から「飼われている動物は不幸なのではないか」という考えはあったし、当人たちにぶつけられていたことを、『百千鳥』の序は教えてくれる。鳥の輸出入も盛んに行われ、珍しさや歌の上手だけを重んじて、野鳥を蔑ろにするような風潮さえあったのだし、ポピュラーな文化だったからこそ、当時から批判は絶えなかったのだろう。
 しかし、それを正面から受け止め、深く考えながら、当の動物たちと触れ合い、知識を蓄え、広く伝えようとしている人がいて、彼らはまた、どんなに心を尽くして飼ったとしても、「人に飼われることは動物にとって不幸だ」という文言に反証することはできないと自覚してもいたということも『百千鳥』の序から知れることだ。
 逆に、そんな自覚からしか、何も嫌なことがないようやるべきことをやってその生き死にに関わり続けるという覚悟――すなわち「ペットを飼う資格」――は生まれない。だからこそ、泉花堂三蝶は、「飼い方」に先立つ「序」に、それを書いておかねばならなかったのだ。

 

 

鳥と人、交わりの文化誌

鳥と人、交わりの文化誌

  • 作者:細川 博昭
  • 発売日: 2019/11/27
  • メディア: 単行本