オレ達はいつまでもどこまでも走り続けていられるのかについてのミニ四駆

 100mレースの相手は世界最速のスプリンター、ミスターロケットマン。普通ならそこでビビってしまい「どうせ負けるから、どうせ負けるから」と周囲にこぼしておいて内心「ロケットマン風邪ひけ」と思ってしまうところだが、ミニ四駆は違った。
「思いきりいけよ、ミニ四駆
 そう言うと、トレーナーのおやっさんは公式大会で使うと怒られて失格になるモーターをミニ四駆にはめ込んだ。
「思いきりって今さら何を言うんだいおやっさん。知ってるだろ? オレの名前」
 おやっさんは頼もしいミニ四駆の声を聞いて、二人が初めて出会ったあの頃のことを思い出していた。
「おやっさんがスウィッチを入れたら、電池が丸出しであろうと地獄や取りづらいところまで突っ走る。オレの名前は……」
ミニ四駆、そうだろ?」
 おやっさんはそう言って微笑した。そんなのは見ればわかるし大体最初に言っていたが、今、二人の顔は、あの時、初めて箱を開けた時のように輝いていた。
 二人は控え室を出て、競技場に姿を現した。その姿に、ミニ四駆を応援しに来た小学生達は沸き、「ミニ四駆」「小学生の星」「小遣いが消えていく」などと書かれた旗を振った。一方、ミスターロケットマン側の応援席では、少なくとも高校生以上の男達が全員スーツか制服を着て座っており、時々咳払いをしていた。
 既に、ミスターロケットマンもウォーミングアップを終えており、余裕綽々の顔で二人のもとにやって来た。サングラスはかけたままだった。
「今日はよろしく。いいレースをしよう」
 ミスターロケットマンは手を差し出し、指で、ミニ四駆の右前方のローラーを、二、三度まわした。
「あとでほえ面かくなよ。そのサングラス、レース中に慌てて外すことになるぜ」
 ミニ四駆は言った。
「怖いなあ、ミニ四駆君は。別にマラソンじゃないし途中では外さないよ。サングラスを外すと本気になるとかそんなことはないよアニメじゃあるまいし。そもそも、レース中にこのグラサンに君が映ることなんて、果たしてあるのかな」
「なっ」
「スポーツドリンクを飲みに行くから、失礼するよ」
 ミスターロケットマンはそう言うと、踵を返してこのレースの公式飲料であるアクエリアスが置いてある場所まで歩いていった。
 残されたミニ四駆は怒りに震えていた。走ってもいないのに、電池が熱くなっていた。
ミニ四駆、落ち着け」
 おやっさんは何やらスイッチを入れるところの金属を、放熱フィンに取りかえた。
「サンキューおやっさん。すぐ熱くなるのはオレの悪い癖だ。もう少しで、何かが燃えるようなにおいがするところだったぜ」
「600円のくせに無茶しやがって
 その様子を観客席で見ていた子供達は、部品の取りかえに気付いた。光を反射してキラキラ輝く様子を見て、放熱フィンであることを察すると、暇だったし弁当もさっき食べ終わってしまったのでそれぐらいのことで歓声をあげ、お互いハイタッチした。やっぱりミニ四駆さんは最強だ。でも放熱フィンってあれ意味あるのかな。
 そして、いよいよ、スタートの時間となった。
――位置について
 ミニ四駆とミスターロケットマンが位置に着き、両者ともクラウチングスタートの構えをとった。ミニ四駆は無理してそうしたので、完全に器具の上で斜めになっていた。後ろ側は使っていなかった。既にタイヤは凄い勢いで回転し、その背後では、おやっさんがスタンバイして、いつでも押し出せる状態である。
「君のスタートうけるね」
 ミスターロケットマンが前を向いたまま言った。
「ちゃんとまっすぐ走れるの。どっか行っちゃうんじゃないの」
 挑発してくるミスターロケットマンに、ミニ四駆はただ一言、つぶやいた。
「行き先は、アルカリ電池に聞いてくれ」
――ようい!
 パーン!
 パーン!
 スタートしてから、ピストルがもう一度すぐさま鳴った。これは、これは。
ロケットマンのフライングだ!」
 あからさまに、ミスターロケットマンは一瞬早く飛び出していた。しかし、ミニ四駆もおやっさんによって押し出されていた。
「あ、ああ!」
 応援席の小学生達は立ち上がって悲痛な叫びをあげると、そのまま、呆然と立ち尽くした。ふと気付いて隣のミスターロケットマン側の応援席を見ると、スーツと制服の大人たちがブラックコーヒーを片手にこっちを見てニヤニヤ笑っていた。
「だから、だから大人はいやなんだ!」「いつもこうやってオレ達をバカにする!」
 小学生達は膝から崩れ落ち、くやし涙を流した。オレ達のミニ四駆さんは、幅跳びの砂場に突っ込んでひっくり返っていた。