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ふたりの姉妹

創作

この世でいちばん好きな曲で書きました。


The Kinks - Two Sisters (High Quality).mp4 - YouTube 

 

 美代子は鏡を見つめていた。化粧を施された自分の顔を様々な角度からながめては、納得いかないと言うように首をひねり、さらに手を加えようと勢いよく顔を寄せた。
 春子は洗濯機を見つめていた。水に浸って浮き上がり始めた衣服が大げさなモーター音や水音と一緒にからまっていくのを、結婚生活そのものであるかのように見下ろしていた。やがてけたたましい警告音が鳴り、彼女はふたを閉めた。
 彼女は妹を嫉んだ。
 毎日に行き渡る自由、若く活発で見た目のいい友人たち。
 そうした全てを嫉んだ。

 美代子はクローゼットを見つめていた。昨日着た服を意識の外に追いやり、水でひとまず落ち着かせた長い髪に包まれた頭の中で、ありとあらゆる衣服の組み合わせを夢のように走らせた。
 春子はフライパンを見つめていた。強い熱に耐えかねた白身が泡立ち始めるのに続いて、ベーコンが自らにじみ出した脂で痛そうに跳ね始めた。熱した油が手首に飛んでも、彼女は微動だにしなかった。やがて朝食が用意された。
 彼女は妹を嫉んだ。
 羽を伸ばした生き方、洒落た1LDKのマンション。
 そうした全てを嫉んだ。

 彼女は汚れのこびりついて取れない皿をゴミ袋へ突っ込んだ。再びの自由を胸に。
 そして、だらしなく積み重なった『STORY』『eclat』『ミセス』を紐できつく縛り上げた。再びの自由を胸に。
 それから、子どもを自転車の後ろに乗せ、保育園へ送って行った。再びの自由を胸に。

 春子は自転車にまたがったまま、年若い保母に大人しく手をひかれる我が子の小さな後ろ姿をながめた。
 すばらしい少女がそこにいた。彼女の妹がかつてそうであったような気まぐれでわがままな小娘より、ずっと素直でうるわしい少女が。
 娘はいっぺん振り返り、かるく手を振ると、ちいさな段差をしっかりまたいで教室に入って行った。
 彼女は遅れて手を振り返すと、全てにけりをつけた。
 もはや嫉妬などなかった。
 家へ帰ると、ゴミ袋から皿を取り出し、婦人雑誌を解放し、からんだ大小の洗濯物を一つ一つ干してやった。そして、白髪染めのにおいをまき散らしながら日課の掃除に駆けずり回った。
 もはや嫉妬などなかった。誰にも嫉妬などしていなかった。