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ろくな性教育 ~地方都市のめしマズBros.~

「公園で、野球をすんな!」
 公園で野球をしている子供たちをはっきりしない巻き舌で叱りつけ、真新しそうな金属バットを奪い取った二人の男。ずんぐりむっくりしたチビと、ひょろ長いノッポ。灰色のおそろいのハーフパンツに色違いの色褪せたTシャツ、緑はのっぽで赤はチビ。
 彼等は一心不乱に歩くスピードをなるべく落とさないよう、滑り台の下をくぐって柵をまたいだ。それから、ずいぶん前に切り揃えられてから放置されて老人の眉毛のように長短の枝を四方八方に伸ばす垂らし、荒れ放題に荒れている植え込みに入り込んだ。
 そこでは若い男女が小さなダンボールを腰回りにだけ敷いて懸命に性交へ励んでいた。
 見たところフリーターと女子大生という感じか。まず男の頭に両手で持ったバットを振り下ろした。ガチンと手応えがして、頭に空き缶を置けそうな凹みができた。
 腰を振るのを止めないので、男の今度は側頭部を打った。男の動きがのろくなったと思ったら、今度は女が頑張り始めたので、全体の不快指数が変わらない。
 女も二度三度、手加減せず何発か打った。若干、音が違う。セダンと軽自動車ぐらいの違いか。それは単純すぎるか。
 二人とも、頭部に空気の抜けたゴムボールよろしい凹みを3つ4つ拵えていた。しばらくの間、せめて死ぬまでと寸暇を惜しむようにファックしていたが、ゆっくりファックのアクセルがゆるんだ。
 終わりが近づいていた。人の一生は線香花火のようにもったいない気がする。あせってバットを振るうち、終わりは早まり、やがて男女は動かなくなった。今際の際に尻が引き絞まり、腰が少し速くなったのがおもしろい。チビは笑った。その余韻があるうちに、もう一度男の尻にバットを振り下ろした。尾てい骨に当たり、遊具のパイプを叩いたような高い音が響いた。
「聞いたか今の、白亜紀の巨大な鳥のような…けつの骨が狂ってやがる」
「兄ちゃん、いいから早いとこちょんぎってやろう!」
 ノッポの弟は美容師がズボンに密着させてぶら下げる革製の小物入れからニッパーを取り出してちらつかせた。
「待て。いつものあせるなという忠告、一見関係なさそうなメシ時のアレも、こんな時のために繰り返してたんだ。でも俺は、今この時をチャンスが来たとは思わない。今この時もまた、今この時の必要に駆られて言うんだ。見ろ、見ろ、見ろって。刺さり込んだセクスを。恥辱と憎悪を恐怖を振り払う薙刀を」
 チビの兄はしゃがみこみ、バットをテコのように使って男の体を女から少しく剥がし、結合部を弟に見せてやった。兄は大江健三郎を愛読しているので性器のことをセクスと呼ぶが、弟は教養がある兄を海より深く尊敬している。父殺しの際も黙っていたから本当に信奉しているのだろう。
「ビンビンの勃起の最中だろうがよ」
「うん。ビンビンの」弟ものぞきこんで繰りかえした。
「ここで切断すれば彼のセクスは晦冥観音の中に残されることになる。理解しなくていい。了解すればいい。要はマンコの居残り勉強だ。お前、居残り勉強好きか?」
「きらいだ」
「そう、オレも好まないね。でも、それがマンコの居残り勉強だとしたら…どうだ?」
「……ちょっとわかんない」でもちょっとちょっと笑っていた。
「考えたことねえか?」指摘せずにチビの兄は真摯な顔を向けた。
「…ないよ、兄ちゃん」
「ならば実践だ。マンコの居残り勉強と思って、一生懸命、頭使って、やってみ」
「うん…」
「何事も勉強だよ」
「べんきょうかあ……」弟は顔のパーツを全部ひねり上げて空を見た。
「いや、今のはオレが悪いな。ただ考えてみるだけでいい。マンコん中でよ、まあ居残り勉強とは言っているが、5時までいりゃいいとかそんなやつだぞ。机座ってりゃキンコンカンコンだ。マンコの中に5時までいりゃいんだ。5時までいてみ。頭の中で、マンコに5時までいてみ」
「チャイム、なるまで?」
「ああ、そうだよ。そしたら帰っていいからよ」
「……」
「どうやら始業したみたいだな」
 兄はしばらくマンコの居残り勉強について想念する弟を待った。取り出したセーラム・ライトに火をつけて大きく吸い込むと大きく吐き出し、腕を組んで脇の下にある右手で持ったバットを斜めに定め陰部をこすっている。
「キーンコーンカーンコーン」チビの兄が言った。「チャイムだ…」
「ああ」
 兄は弟の様子を注視する。
「どうなる、こいつは見物だぜ…?」
「兄ちゃん」
「おう」
「もうちょい、勉強してっていい?」
 兄はいかにも嬉しそうに相好を崩したが、すぐに厳しい顔を見せた。
「ダメだ、帰ってこい」
「うう、オレは、オレは」
 弟は今、マンコの中にいて、もっとマンコの中にいたいが、尊敬する兄に呼び出され、マンコから出るように促され、それを上手に説明することもできず、泣きそうだった。
「今、進行している我々の懸念はなんだ。目的はなんだ。考えようぜ」
「うん、なんだっけ」
「こいつのセクスをちょん切ろうと提案したのはお前だぞ? 思い出せ? で、オレはなんと言ったか? 待て待て待てと言ったな。今、セクスを切ったら、こいつは居残り勉強だと。すると、居残り勉強の価値について我々は考えなければならんと、こうなったわけだ。お前、居残り勉強どうだった?」
「よかった」
「そうだろ? それは比類なき幸せ。お前、ハッピーセット頼むだろ? その時、いつもハッピーって何って聞くよな。いつもいつもだ。その気持ちを、100個も200個も積み上げてみろ。それより、もっとハッピーなんだ。いいか、ちょん切ったらこいつが幸せになるぞ。もう死んでるけど、死んでるから既に少し臭いし、こいつは幸せを感じないが、俺たちは、幸せそうだと思ってしまう。宇宙は人間が観測するから存在するんだ。そしたら、生きてるこっちが惨めになって終わりだろうが。悔しくないか?」
「兄ちゃん、オレ、くやしい」
 ノッポの弟は本当に悔しそうに言った。
「だろう。それを言ってんだ」
「でも、なら引っこ抜いてから切ればいいね」
「弟ぉ~」兄の勘弁してくれ顔。
「なんだい、兄ちゃん」
「お前は、女の観音様に自分のセクスをつっこんだことがあるかよ」
 弟は少し考えて首を振った。
「ない。そう考えると、じっさいにない」
「でも、お前は実際にしたことがなくともよ、頭で考えることができるということをさっきの居残り勉強で証明したな? 居残りした甲斐があった。お前はお母さんとあのドクズから一応考える頭をもらったんだから、考えることができんだろ?」
「うん、考えてみると、考えることができるような気がする」
「すると、お前は誰か、いい女のだな…女は誰がいい?」
「ベッキー!」
「ベッキーだな。お前、ベッキー好きだよな。ふむ。本当にベッキーがいいか?」
「ベッキ!」
「そうか。まあいいや。後悔すんなよ? さあ、頭をすっかり、ベッド周りを整理するみたいに、きれいきれいにして、考えろよ。オレはベッキーじゃねえ方がいいと思うけどな。もしもベッキーを思い浮かべるなら、上戸彩の親友なんだって、そういうこともよくよく鑑みてだな…いや、まあいい。さっそく始めよう。そのベッキーの観音様にお前のセクスがそろりそろりと近づいていくぜ」
「近づいてゆく!」
「なぜそろりそろりと近づくかというと、たぶん、お前が初めてだからだな」
「う、うん」
 弟の目は血走り、兄は瞬き一つせず弟を見つめた。そして弟のやわらかいセクスを握りしめた。
「にいちゃん」
「黙ってろ。さあ、いよいよ入るぞ。この作業をみんなは挿入と呼ぶ」
「……」弟はなんだか痛そうな痒そうな表情だ。
 チビの兄は指に少し力を込めた。
「入ったか?」
「は、入った・・・!」弟は目をトロンとさせて、熱いため息をついた。
「本当は少し早いんだが、このときベッキーが、奥まで入れてと言うよな。その声が聞こえるか? ベッキーだよ、奥まで入れて……お前を導く声だ。さあ、ベッキーが奥まで入れてと言ったらどうする?」
「ベッキーの言うとおり、奥まで入れる」
「そうだ。言われたことは言われたとおりにするといつも言ってんな。オレの命令じゃなくても、ベッキーの命令でも、それはそうだよ。いつも言ってるのは、こういう時のために言ってんだよ。間違ってない。間違っていないぞ。なら、奥まで入れてみ。ほら。ベッキーだよ、奥まで入れて」
「ベッキーだよ。奥まで入れるよ」
「待て待て待て。二人ともベッ――」
「奥まで入った!」
「あ? まあ、まあいいよ。じゃあそのままいけ。にしても早速じゃねえかこのヤロウ待ち構えてたな…どうやら気負いもないらしい……さ、ちょっと戻してみ」
「あ気持ちいい!」
「もっかい突っこんでみ」
「ああ気持ちいい!」
 弟の腰は一つも動いていなかった。兄は唇を噛んでいた。
「それがピストンだ。その肉体的疲労を伴う努力をくり返した後、オスは快楽を催し射精し、虚無感に浸る。ここで大発見だ。性衝動に赴かれた最も短絡的な行動と思われる行為でさえ、努力と勝利の構造をしているぞ。皮肉なものだな。その努力を講じる機会を不当に奪われていると考える者にだけ、イデオロギーを盾に行為者達を睨み付ける権利があるのだ」
「うん、うん」
「抜いてみ」
「え…でも…?」
「抜いてみ」
「…うん、え、あ。抜くとき気持ちいい! イタ気持ちいい」
「抜くとき気持ちいいな。さあおしまいだ」
 チビの兄はノッポの弟の股間から手を離し、パンと打ち合わせた。弟はびっくりして尻餅をついた。いつの間にか股に挟まれていた金属バットが足下に落ちて音を立てた。息をするたび大きく肩が動き惚けた顔で目をパチクリさせている弟の目の前に、兄はしゃがみこんだ。
「いいかい、お前は今、抜くとき気持ちいいと、想像して考えることができた。でもこれは、誰にだってわかることなんだよ。人の気持ちになって想像しなさいとよく言い聞かせれば、小さな子供だってわかることなんだよ。抜くとき気持ちいいということぐらいは、ちょっと考えたらみんなわかることなんだ。本当に気持ちいいかは別として、だ。別として、わかるんだ。そしたらお前、それがわかったら、今、こいつのセクスを抜いてからちょん切ろうなんて、まだ言うか?」
「言わない!」
「どうして」
「……くやしいから?」
「そうだ。悔しいな。お前は今日またかしこくなる。どんどんどんどんかしこくなるようだ。人が気持ちいいのは悔しい。ならどうすればいいか考えよう」
「どうすればいいの?」
「まだわかっていないようだ。誰が考えるんだ」
「兄ちゃん、俺、考える」
「うむ。ところが、考えている間ボサッとしているのもまた考えものだ。食って寝ているうちに死んでしまうぞ。ならどうする」
「わからない」
 弟は今にも泣きそうな顔でやっと答えた。兄はふっと力を抜いて笑った。
「そう。この問題はすごく難しい。だから時間をかけて考えよう。どうやって考えるのかについて、時間をかけて考えるんだ。これは矛盾だ。だから、考えている間は……」
 兄は金属バットを拾って立ち上がった。男のうつ伏せの首に、ためらわない力で振りおろした。鈍い音がして男の首の骨が二つに折れた。
「こうしてこらしめておけばいい。無駄なことなど一つもないから」
 軛を解かれた重い頭が胴体を離れようと転がったせいで、骨の切れ目の尖りが一点、突っ張った首の皮をぽつんと押し上げていた。兄はそこを指さしていった。
「あれを見つめて、一生懸命、誰にも負けないぐらい、考えるんだ」