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ドクターフォールグッド

 世界で初めてフリーフォールを考案した博士、通称ドクター・フリーフォールがボルチモアの研究所にマスコミを呼んだら、一社しか来なかった。
「君、どこのマスコミ?」
「フリーライター、練馬区の吉岡です」
「OK。練馬か、としまえんがある所だな……なぜここに?」
「遊園地巡りをして記事を書いてます」
「OKたいした向上心。さっそく行ってみよう。メモの準備はいいかな?」
「OKです、ドクター・フリーフォール」
「影響されちゃったかな? クソ野郎」
 セーフコフィールド3つ分の敷地の中に大小13基のフリーフォールが立っているので、自動車で回ることとなる。ドクター・フリーフォールは、ジープの後部座席に吉岡くんを乗せた。
「助手席に乗せるのはズベた女と決まってるんだ。君はズベた女は好きか?」
「綺麗な女の人が好きです」
「なあクソ坊主、綺麗な女とズベた女をフリーフォールに並べて乗せてみろ。お前に区別がつくか?」
「え?」
「女なんてのはフリーフォールに乗せちまえば全員ただの骨つき肉だ。フリーフォールに乗せもしないでそこらのバーでいい女だとか乳の形がとかなんとか……重力頼りのハリボテを見てヨダレを垂らすバカめが! 無重力の牢獄の中でも我を保つ女が本当にいい……う、うわーーーー!!」
 イノシシみたいな動物を轢いてしまった。しかしドクター・フリーフォールは『ストレイト・ストーリー』で合計13匹の鹿を轢き殺してきた女を知っているので、20秒間顔を真っ赤にしてブルブル震えただけで、もう一度車を発進させた。
「吉岡、お前に一つ質問がある。貴様の肛門は腹一杯か?」
「え?」
「クソはたまっているか?」
「クソ?」
「クソだ」
「クソってあのクソ?」
「俺は中卒だから他にクソを知らん。黒っぽくて臭いやつだ」
「すみません……」
「なぜ謝る?」
「え……知っていたんじゃないんですか」
「何をだ?」
 その時、ドクター・フリーフォールの鼻をうんこ臭さが駆け抜けた。
「僕、実は今……」
「う、うわーーーーー!!!」
 車はちょうど新開発のフリーフォールに激突して止まった。40秒間ブルブルして、ドクター・フリーフォールは怒鳴った。
「早く降りろ! そして乗れ!」
 ドクター・フリーフォールは、逆にモデルウォークになってしまう吉岡くんのズボンとパンツを下ろし、ゲロを吐きながら新型フリーフォールの便座型座席にセットし、スイッチを押した。
「私は画期的なシステムを開発した! クソッタレめ!!」
 ぐんぐん上昇していく吉岡くん。クソをもらしている手前、こんな急展開にも無言で従っている。
 最上部、上空100mに達した吉岡くんは目を閉じた。しかし、なかなか動かない。さすがにウンコをもらしていてもアレ?と思い始める。そして、クソを出しかけながら下に向かって質問した。
「ドクター・フリーフォール! どういうことで!?」
 豆粒のようになったドクター・フリーフォールは、両手で何かの形を描いている。あれは……?
「もみじまんじゅう? いや違う。あれはク……」
 わかった瞬間、力んだ吉岡くんは落ち出した。クソも出ていた。
「う、うわーーーーっあっー!?」
 吉岡くんの目の前に、クソがあった。
「これは……僕のクソ? 僕の目の前に僕のクソ……こんなことが……う、美しい!」
 無重力状態で落ちていく自分の身体。その目の前で、無重力のクソがゆるやかに回転しているのだ。美は残されたものにこそ宿る。すなわち排泄物こそ作品である。もしも人生が続くなら、虐げられた物を虐げられた物として称揚することにしよう。
 しかし、夢のような時間も長くは続かない。幻想をたたきつぶすようにダチャッ!と音がして、フリーフォールはクソと同時に元の場所へ停止していた。夢は夢と知らされた。
 飛び散った己のクソの目の前で、しかし吉岡くんは先ほどの吉岡くんではない。彼はうつろな目でクソを眺めた。
「どうだった? クソ漏らし」
 スピーカーを通してドクター・フリーフォールの声が聞こえた。
「すごく……神秘的な体験でした」
「このフリー・フォールのメリットは、イカした体験が出来ること、スッキリすること、そしてクソの臭いをかがずに済むことだ。遊園地に置けば、クソがしたくなったヤツはみんな来るだろう。みな金を払ってクソをしにくる」
「画期的アトラクションです!」
「さらにクソ漏らしが思い知るのはここからだ」
「え?」
 ピンポンパンポンと音がして、今度は録音したような声が響いた。
「このフリーフォールは、人間がクソ的存在であることを自覚させるために作られた。ちなみに出口は作っていない。クソは美しい。だが救いはない。救いがないからこそ美しい」
 言い終わるか言い終わらないかのうちに、中心から半径5メートルの床が抜けた。同時に360度から大量の水が噴き出した。
「う、うわーーーーーー!!!!」
 それは一瞬のうちに、吉岡くんの悲鳴をかき消す程の濁流となって吉岡くんを地下に流していった。ジープもそこにあったから、車も流された。それを忘れていたドクター・フリーフォールは叫んだ。
「俺の車がーーーーーーーーー!!!」