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おばけの注文

 もともとは聖堂だったという広い室内のど真ん中、ぼくは十メートルもあるロープの先端に逆さ吊りにされている。そして、ぼくを中心にして、おばけが二十人の大行列を作っていた。
 ぼくの手元には一台のVAIOがあって、逆さ吊りの体勢から操作する。ブラインドタッチなんて、あってないようなものだ。
「ヒュ〜〜ドロドロ」
 と一番前のおばけがぼくに言う。ぼくには「ヒュ〜〜ドロドロ」とも聞こえるし、「村上春樹の新しいのってもう売ってる?」とも聞こえるのだ。入りたての頃は、「ヒュ〜〜ドロドロ」としか聞こえなかった。ただ、本当に「ヒュ〜〜ドロドロ」と言っている時があって、それはややこしい。
「まだです。予約はできますよ」
「ヒュ〜〜ドロドロ」
「う〜ん、誰かが頼むし、しなくてもいいんじゃないですか」
「ヒュ〜〜ドロドロ」
「じゃあしましょう」
「ヒュ〜ドロドロ〜」
 ぼくはamazonの検索欄に、「村上春樹」と入れる。一つ打つたびに、固定されていないロープのせいでクルクルと回ってしまうが、今ではクルクル回りながらも「春樹」正確にタイプすることができる技術がある。
 村上春樹好きのおばけは予約を終えると、満足して帰っていった。そしてまた次のおばけの注文を受け付ける。
 それがぼくの仕事なのだ。おばけはamazonの注文ができないので代行する。物にふれられないからだ。本を読むときは、風をおこしてそれを読む。
 そもそもぼくがこんな仕事をしているのは、友人とキャンプに来たのが始まりだった。心霊スポットの近くで野宿をするという思いつきをした有馬は今、届いたダンボールを受け取って開ける仕事をさせられている。女の子を連れていこうと言って自分の姉ちゃんを連れてきた土橋は、いろんなおばけのところに本を持っていって開く仕事、土橋の姉ちゃんはぼくたちのご飯を作る担当だ。
 ぼくが注文担当になったのは、メガネ=パソコンというイメージがおばけにあったからだ。パソコンは、有馬が持ってきたものを使っている。
 おばけたちのトップ、その名もおばけ学長は、他のおばけが人間をおどかしに行っている丑三つ時の頃、ぼくのところにやってくる。
「ヒュ〜〜ドロドロ(ヴィトゲンシュタインの『哲学宗教日記』を注文もらえないかね)」
 おばけの学長はすごく博学なおばけだ。というのも、長年、東大の地下図書館で偏差値の高い学者連をおどかし続けてきたからだ。
 東大名誉教授をおどかすためにギリシャ哲学を勉強したとおばけの学長は言う。肩越しに難しい哲学書を盗み読みふけり、もうない命と情熱を燃やした。社会学や法学、経済学の本も片っ端から盗み読んだ。洋書ものぞくので、自然と英語も堪能になっていたという。
 そのうちに彼は、東大の名物教授ですら楽々おどろかすインテリおばけになっていた。乗ってるエレベーターを止めたら、たいてい驚き、しまいには泣き出すとわかった。
 おばけの学長にとって、人をおどろかすことは生き甲斐であり、研究対象であり、さらには剣豪にとっての剣とは何かみたいなものになっていた。ちなみに、バガボンドを読んでいないのにその境地に達しているというのだからおどろき。
 おどろかすとは一体なんなのか。ていうかおばけとはなんなのか。エレベーターを止める日々に疑問を覚えた彼は、東大図書館を去った。
 新しい環境で、新たなおどかし術を会得しなければと構えていた彼を待っていたのは、自分の実力という驚きだった。ギリシャ哲学を勉強したら、渋谷のチーマーや女子高生も、臨機応変におどろかせるようになっていたのだ。
「どうやっておどろかしたんです?」
「ヒュ〜〜ドロドロ(基本的には、エレベーターを止めればいいんだ)」
 世の中には、生きるためのヒントが沢山転がっている。そのヒントは目には見えない。自分の頭の中に明滅すればあり、しなければない。同じ世界を見ているのに、そんなにヒント出していいんですかと思う者もいえば、ヒントくださいよ!と泣きわめいてる者もいる。そういうことなのだそうだ。
 例えば、ギリシャ哲学を知ってエレベーターを止めるのと、ギリシャ哲学を知らずにエレベーターを止める行為には、圧倒的断絶があるとおばけの学長は言う。
「ヒュ〜〜ドロドロ(論理には、演繹と帰納がある。一般から具体を導くのが演繹。具体から一般を導くのが帰納だ。ところが、帰納法に欠陥がある。すべての具体を調べるのは不可能であるという欠陥だ。具体のコレクションから直感的に一般を導くしかない「飛躍」という論理的な欠陥。この欠陥を伴った論理を操っていくしかないならば、すべき努力は、飛躍の飛び石を可能な限り手元に引き寄せることなのだよ。全ての一般的命題が、自己実現のための具体的命題になりうるならば、そのために学ぼうではないか。そのために本を読み、映画を観て、世界を眺めなければ。経験が論理を補強し、論理が経験を規定し、行動が保証される。だからこそ学ぶのだ)」
 ぼくには、おばけの学長の言うこと全てを理解できるわけではない。それは、おばけたちも同じようだ。
 ただ、おばけの学長はおばけたちに何一つ具体的なことは言わない。何を買うのかは個人に任せている。実は、その莫大なお金は全て荒俣宏先生の口座から引き落とされる。おばけの学長と荒俣さんは、「ぼくが見えるの?」と言った頃からの知り合いであり、互いに深く尊敬しあっているのだ。
 しかし、二人の海のような優しさとお金への頓着のなさを享受しているおばけたち自身は、そんなことも知らないで一日一日を楽天的に過ごしている。そして昨日、荒俣宏さんの借金は二千万円を超えていると、土橋の姉ちゃんに聞かされた。なぜ彼女がそんなことを知っているのかはわからないが、ぼくの腹の虫のカルシウムは二倍足りなくなり、頭には余計に血が上った。
 そして今日も、何も考えていないスケベそうな顔をした一つ目の桐だんすのおばけがぼくの前に立って言う。
「ヒュ〜〜ドロドロ(ほしのあきのフォトエッセイ)」
「……」
「ヒュ〜〜ドロドロ!(ほしのあきのフォトエッセイ!)」
福沢諭吉の『学問のすすめ』だね」
「ヒュ〜〜ドロドロ!!(ほしのあきのフォトエッセイ!!)」
 並んでいるおばけたちが、些細な揉め事の雰囲気を感じ取って、またどさくさまぎれに順番を抜かそうとして集まってきた。
「ヒュ〜〜ドロドロ!(みんな聞いてくれ! こいつがウソの注文をしようとするんだ!)」
 桐だんすのおばけは引き出しをばっかばっか開けながらまわりに怒鳴る。他のおばけも憤慨した声をあげて同調、そのうち誰かがふいに風をおこした。
「ヒュ〜〜ドロドロ!(やっちまえ!)」
 それからみんな声を合わせて風を吹かした。
 ぼくを吊るしているロープが左右に動き、だんだん振り子が大きくなる。ぼくは壁ぎりぎりまで大きく振られて、ニヤニヤ笑うおばけたちが視界のわきを流れて、また戻ってきて流れ流れしていくのを不思議にぼんやり眺めていた。
 おばけの学長と荒俣さんの顔を思い浮かべて、こんなところへ捕まって、些細なことに悔しがってブラブラすることになるなんて、ぼくはどこまでも悪いし間の抜けた奴だと考えた。