イケてない未来に暴力念仏

 今日の体育は願いを叶える授業だということで、みんなずっと楽しみにしていた。
 グラウンドを二周ほどして、準備体操。体育係の小宮祐介も、こころなしか早いペースで屈伸し、一番めんどうな体をまわす体操を先生にばれないように省略した。
「先生、体操終わりました」
「よし、じゃあ各自ボール取ってこい」
 クラスの中心的存在をはじめ、活発な方の生徒が、ボールを入れた鉄かごに殺到し、その他の生徒が後に続いた。最終的には、カゴに頭を突っ込んでまともなボールを押して探している生徒たちが残った。
 先生はそれを横目で見ながら指示を出す。
「そしたら、ボールに書いてある番号そろえて班をつくれー」
 次々と班が、結局はいつも仲がいい同士のグループで作られた。さっそくボールをもって校庭に散らばっていく生徒たちの足取りは軽い。
 各班、輪になってドラゴンボールを取り囲むと、少しして空が暗くなり、校庭がシェンロンだらけになった。
「せんせー! シェンロンでたぜ!」
「そうだな」
「もう願い事していい!!?」
「いいけど、世界征服とかはダメだぞ」
 頷きながら見てまわる先生には心配ごとがあった。
 イテてないグループである。
 イケてないグループは、ドラゴンボールを取り囲み、死にかけのカワハギのような口でぼそぼそ言われたとおりの呪文をくりかえしている。ところがうまくいっていない。それに対して特に何を感じる様子もなく、あきらめきった様子で目を伏せたまま、死ぬまでそうしているつもりらしい。
 見ると、ドラゴンボールは空気が抜けてへこみ、四星球が二つあるし、どう転んでも願いが叶いそうにない。
 先生はそれを見るにつけ、担当のクラスの生徒全員の筆箱を意味もなく筆記用具ごとまっぷたつに折ってまわった若かりし頃のような鬼の形相になり、ブツブツやっているやせっぽちの背中を突き飛ばした。その生徒は派手に倒れ、うつ伏せのまま起き上がらなかった。
「梶原くん、大丈夫?」
 別のイケてない奴が一丁前の口を利くので、先生はそいつの胸に振り向きドロップキックを決め、3メートル吹き飛ばした。
「お前ら、そこ並べ!」
 先生は生徒が並ぶ素振りも見せないそばから、我慢の限界を超えてまくしたてた。
「何がシェンロンだ何が願いを叶えるだ! 今日のこのことでわからねえのか! お前らの集められたドラゴンボール見てみろ! 使い物になんねえやつばっかりだ! お前等もグズのくせいて人並みに夢見て将来見据えてるのかもしれないけどな、スタートラインにも立ってないんだよ! 気付けよ!」
 イケてない奴らは黙って立っていた。転んでいた梶原はまだ突っ伏している。
「ニュース見てんのか、ニュース! 学校終わりゃあ家でグズグズしやがって、ニュースぐらいは見てるんだろうな! お前らみたいなクズのニュースがやってんだろ朝から晩まで! 気付けよ! 今日このこととニュースのこと、同じだって気付け! ブチブチ文句言ってないで、気付けよ!」
 先生はへこんだドラゴンボールを思い切り蹴った。力なく飛んだボールは校庭脇のドブに落ちた。
「高卒大卒の就職難。ネットカフェ難民派遣村。厳しいですねってインタビュー受けてるいかにも出来の悪そうなボケナス。何とかしてほしいですね、って人任せにバカ見てるボケナス。あれがお前らだって、言われなきゃわかんねえか? 気付け。くさった卵みてえな目の濁り方、そっくりだろ。同じ生き方してんだよ。お前ら、大学生になって就職活動、絶対うまくいかねえよ? 人に押し出されて、押し返しもせず、水たまりやドブやゲロやゲリ便の上ばっかり踏んで歩いてきて、そんな奴らがうまくいくはずないだろ! バカヤロウが!」
 イケてないグループの生徒たちはチャド・マレーンみたいな顔をした。
「ちったぁ死ぬ気でなんかやってみろよ! 死ぬ気で! お前らのやってることは……死ぬ気で死んでるって言うんだそういうのは!」
 生徒が気色悪い声の大きさで少し笑ったので、先生はまず一番近くにいた一人の顔を、裏路地で殺すときの勢いでぶん殴った。そしてまた一人裏拳で鼻を弾け飛ばし、また一人の腹に本気の蹴りを入れ、全員がはいつくばったところへ、殴る蹴るの暴行を加え続けた。
 三分後、先生は自慢の体力で、少しの息も切らさず、説教を再開する。
「こんな、殴られてもわかんねえか!? なんで殴られんのかわかんねえか!? だからァ、気付けよ! 空気の入ってないドラゴンボールにしかありつけない自分のダメさ加減が、このまま一生続くって、気付けよ! 見ろよ! 他の奴らはもう願い叶えて、見ろ、バルセロナのユニフォームとかゲーセンでしかとれないでかい菓子とか色々手に入れてんの、見ろ! 見ろ! で、自分を見ろ! どうだ!? 願いも叶わねえ、ぶん殴られる、それでなんも感じないか!? これは理不尽じゃないか? 理不尽じゃねえんだよ!! 世の中そうなってんだよ! クズはクズだ願いもクソも叶うはずねえだろ!! 覇気もねえ。根性もねえ。自分はこうだっていう自尊心もねえ。人からうまく見られようっていう虚栄心すらねえ。そんな奴らには、願いを言う資格も、満足に生きる資格ねえんだよ!」
 そして先生は、この期に及んで目をつぶってそのまま寝る体勢になっているクズどもに、最後の言葉をたたきつけた。
「明日、ぶっ殺す!」