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いきものがかり柔道部

「さーせん遅れました!」
 と言って控え室に入ってきた柔道部の内山の両手が不自然なことにまず気付いたのは、「補欠の鬼塚」の異名をとる鬼塚先輩である。
「おい内山、何を持っているんだ」
「え? これですか。カタツムリですよ。まいまい」
 内山の両手には目を見張るサイズのカタツムリがいた。こんなにでかいのは福島のおばあちゃん家とサイゼリヤでしか見たことがない。
「お前、そのまま試合に出る気か」
「当たり前に出ますよ、レギュラーですから。何言ってるんですかっ」
 柔道の試合に行く途中大きいカタツムリをダブルで拾ってしまった内山、お前の今の気分はハイ、まさに最高だろうが、それでは本来の実力を出すことができまい、というのが「鬼監督」の二つ名をもつ藤村監督の意見だった。「洗濯鬼子母神」と呼ばれる女マネージャー桑田も、それでは襟をつかむことは愚か、受身すらできまい、帯も結び直せまい、どうするつもりだ、と言った。
「そうか……」
 さすがに落ち込む内山は、唇をかみしめながら、そばにあった大きい太い水筒の側面にカタツムリをくっつけた。
「おいやめろよ!」
 補欠の鬼塚が怒鳴る。
「オレの水筒に、やめろ!」
「待て、補欠の鬼塚」
 声をかけたのは、ろくすっぽ着替えもせずに隅っこでイメージトレーニングをしていた「鬼大外の横山」こと横山先輩である。先鋒である。
「これは俺の意見というわけじゃあないが……補欠のお前が部に貢献するつもりがあるなら、水筒にカタツムリをくっつけておくしかないんじゃねえのか。うちの大将は内山だ」
「ぐぐ……」
 補欠の鬼塚は三年だが一度も試合に出たことがなかった。柔道が上手じゃないからだ。
「いいよ、使えよ……! オレの水筒にカタツムリくっつけといていいよ」
「補欠の鬼塚先輩……ありがとうございますっ」
「いいってことよ。その代わり、負けたら承知しねえぞ!!」
「ァ押忍っ!」
 しかし内山、カタツムリ逃げちゃう、そんなくっつけただけじゃカタツムリ逃げちゃうんじゃないの、というのが鬼監督の意見だった。エサだってあった方がいいし、だいたい今までカタツムリを飼ったことがあるのか内山、と洗濯鬼子母神のマネージャーも厳しい意見を突きつけた。生き物を飼うことには責任が伴うんだ。
「ありません……くぅっ」
「これは必ずしもオレの意見ってわけじゃあないが……なにか器になるようなものにラップをかぶせて鉛筆かなにかで細かい空気の穴を開けて飼うってのが現実的なんじゃないか」
「そうか…そうですね。ということは、そうか!」
 内山は水筒の蓋を開けた。
「ちょっと待てよ内山!」
 補欠の鬼塚が吠える。
「人の水筒に何する気だ! そうか、じゃねえ!」
「これは百パーセント俺の意見と言い切るのは難しいが鬼塚、水筒の蓋ぐらい、部のためを思えばなんだ」
「でも、買ったばかりなんだぞ」
 そういう問題なのか、補欠の鬼塚、お前は部と水筒、どっちが大事なんだ、と鬼監督。甘ったれるな、と鬼女子マネージャー。
「わかりました……いいよ内山、使えよ。水筒の蓋、カタツムリの家にしろよ」
「ありがとうございますっ」
 しかし内山、そんな何も無いところでカタツムリは快適に暮らせるのかとカタツムリの気持ちになって考えてみたことはあるのか内山、というのが鬼監督の意見だった。内山、土をしけ、土を、と鬼女マネージャーも言った。自然を再現しろ。
 鬼塚は黙っていたが、この水筒は先週、お母さんと買い物に行って買ったものだ。沢山入るしかさばらないからいいね、大会もがんばれるねとお母さんが薦めてくれたものだ。でも、監督やマネージャーに口ごたえするわけにはいかない。
 枝も、木の枝も入れよう! と鬼監督が外に飛び出していった。
「葉っぱもいりますよね」
「でもダメだ内山、これは俺の意見ではないがよく聞け……サランラップがない。蓋になるサランラップがなければ、カタツムリは逃げてしまう。確かにカタツムリのスピードは遅く、ガマくんの家に行くのに4日もかかった。しかし、時間はかかっても必ず手紙を届けるのがカタツムリという漢だ」
「じゃあいったいどうすれば……」
「ここまでか……」
 その時、バターンとドアが開き、鬼のような大男が入っていた。
「お前は、大山火事高校の鬼塚……通称『こっちはレギュラーの鬼塚』……」
「何をピーピー騒いでいるのか知らんが、隣まで聞こえてくる音が耳障りでな」
 そして他校でレギュラー鬼塚は、ポケットからおにぎりを出し、むしゃりと一口で食べた。これでは、おかずがなんだったのかもわからない。そして鬼塚は内山をにらみつける。この二人は、特に対決したことは無い。
「まあ、試合までせいぜい楽しんでおくんだな……」
 そして鬼塚は、踵を返し、肩越しに何か放り投げて帰っていった。近寄ってにおってみると、どうやらそれはおにぎりを包んでいたサランラップだった。しゃけフレークのにおいがする。
 こっちはレギュラーの鬼塚め……粋なことを……という雰囲気の中、今度はラップを蓋にとめるための輪ゴムがないというので騒いでいたら、山火事高校の鬼塚はもう一度きて、ねちねち因縁をつけながらひねり揚げの袋につけた輪ゴムを捨てていった。ちょうど息を切らせた鬼監督が枝とアジサイの葉っぱを持って戻ってきて、かたつむりの家が完成した。
 柔道家に悪い人はいない!