捨てロックバンド

 その日は雨だった。こんな日は、いつも雨が降る。落下する雨粒一つ一つが街灯や車のライトの僅かな光のつぎはぎの中で、白い線となってぼくの前をふさぐような強い雨だった。道路の両脇の排水溝からは雨水が溢れていた。
「ごめんよごめんよ」
 そう言いながらぼくは、彼らの入ったダンボールを電信柱の根元にそっと置いた。彼らは寂しげな顔でぼくを見つめていた。
「うちじゃ飼えないんだ、うちじゃ」
 ぼくは言い訳するように繰り返し、彼らの目ではなく電信柱のピンクチラシを見つめていた。いつもは少し陽気になってしまうぼくだけど、今日ばかりはピンクチラシを見ても心は晴れなかった。
 ぼくは彼らに名前をつけたことを後悔した。一時間ほど前、ぼくはこの場所で彼らを拾って、帰り道に名前をつけたのだ。
 SHINICHIRO、KEN、JOH、YO☆SSAN。
 気の弱いKENはダンボールの中でギターを握ったまま震えていた。YO☆SSANはドラムセットのシンバルの下に縮こまって雨をしのいでいた。SHINICHIROの喉は嗄れて、JOHのベースはボロボロだった。
 ぼくは自分のさしていた傘をダンボールに、彼らが濡れないようにたてかけた。
 ぼくが思い切って走り出そうとした時、透明なビニール傘を透かした向こうからドラムのスティックを叩き合わせる音と、YO☆SSANの小さなカウントが聞こえてきた。ぼんやりと、動いているのがわかった。
「ワン・ツー・ワンツースリーフォー」


 俺は夜型人間 君は昼型人間
 時計仕掛けの目覚まし時計 スヌーズ機能は自意識の対立候補
 甘い見通しは捨てて 野菜中心の食生活
 俺が起きている何時間かはテレビやってなかったりする
 最後に観た悲しみの通販番組 アメーリカ アーメリカを感じる
 毎秒八十回転の風見鶏は等身大のダチョウの形ということで
 俺には大きな木に見えた
 君はダチョウに見えると言ったけど
 完全に動体視力の問題 アスリート並みか
 俺は雨の降り始めに気付くの友達より遅くて
 ウソ? とか言って手を差し出すタイプだけど
 注意報が出れば いやでも体びしょ濡れて
 ジュピジュピとスニーカー 靴下まで深く深く浸透
 叱ってくれるお母さんならもう死んだ
 捨てられた犬を見る野良猫のように
 どこまでもどこまでも最悪になれる
 それこそ俺の生きる道 魚中心の食生活
 不安なんてロック魂が食い尽くしたから平気
 おロック魂 そうそう 上品に言うならね


 ぼくは雨に濡れながらそのリズムに酔いしれていた。YO☆SSANの弾けるようなドラミングテクニックは、濡れたスティックでも狂うことは無い。JOHの書く「独特の世界観」、「光るモノを感じる」と評されて結局評価されない歌詞は、この雨のように聴く者の体にしみこんでくる。そしてそれを音にするSHINICHIROの今はしゃがれたその声が、いいアクセントになっている。この曲はベースとドラムだけで構成された曲で、KENの出番は無かった。でも、バンド一のイケ面であるKENは、ギターを悩ましく抱いて立っているだけで女性ファンのハートを鷲づかみにするに違いない。
 音が止んで、また雨の音があたりを包むと、ぼくは小林武史が通りかかることを祈ってその場を離れた。ぼくがいなくても、たぶん大丈夫。「ババアのハンドタオルズ」のことを誰か拾ってくれる。そして、きっとメジャーデビューできるよ。