ライバルパン屋さん激突

 どうして南口のパン屋さんはあんなに流行っているんだ、と怪しんだ北口のパン屋さん店主、今野は小学生の頃からすぐ人を怪しむタイプだったが、それはともかく、自分のことをコンクリートジャングルが生んだイースト菌大臣と名づけていた。
南口のパン屋さんに入り浸って、トレーを持って小さな店内をグルグルグルグル回りながらパンを焼く場所に目を光らせる今野だったが、
「おいお前!」
 と店主の前田にチョココロネ片手に言われてしまった。
「買うなら買えよ、俺のパンを」
「誰が、誰がお前のパンなんか買うもんかよ」
 今野はトレーの上に乗っていたカレーパンを、トレーごと放り投げた。
「なにするんだ、俺のカレーパンに。ん? 確かお前は北口のパン屋さんじゃないか。ははぁん、なるほど、大繁盛しているうちの店に、偵察に来たってわけか。まったく、パン焼き機の風上にも置けない男だぜ。いいだろう、好きなだけ見ていくがいい。開店から二時間で全パンがなくなるという俺の店をな。おい、そこにある特製クリームパンを食ってみろよ。なに、代金はいらねえ。せいぜい、お前のパマジネーション(パン・イマジネーション)の足しにしな」
 今野は特製クリームパンを手に取り、おそるおそる口に入れた。そのほどよい上品な甘さに今野はぐうの音も出ないほど打ちのめされ、情けないことに、前田から店で売っているカフェオレをもらわなければどうにもならないほどだった。カフェオレを飲んでやっと我を取り戻し、今野は自分の店から持ってきていたクリームパンをこっそりとポケットの中でにぎりつぶした。当初の計画では、ここぞという場面でそのクリームパンを出してなんとかピンチを脱するつもりだったが、一番自信のあるクリームパンでも敵わないことがわかった今、今野はなす術もなく、はいつくばった
「お前の親父はパンの天才だった」
 前田は苦々しそうに言った。
「あの頃のお前の店のパンが、俺は大好きだった。お金が無くても、パンの匂いをかぎに、北口まで足しげく通ったもんだ。特に、クリームパンは凄かった。俺は、あんなに凄いクリームパンを食ったことがない。あのぐらいの凄さのステーキ、それはあのクリームパンの凄さを8とするとステーキはファミレスのやつでも8ぐらいある、という意味だが、それなら何十枚も食べたことがある。しかし、クリームパンとしてあれほど凄いクリームパンはあれだけだ」
 その時、今野の頭に一陣の風が吹いた。顔を上げた。
「ふふふ、前田、ついにボロを出したな。それならば、俺は、オリジナル新商品、ステーキパンで勝負をかける。あせってパクっても無駄だぞ。そんなことをすれば、お前が俺のステーキパンをパクったんだというチラシを配りまくり、商店街にいられなくしてやるぜ。これからはステーキパン、ステーキパンの時代だ」
 前田は余裕の表情で今野を見つめた。そして笑い始めた。
「何がおかしい」
「ふふふ、これを見ろ」
 前田が店の冷蔵庫を開けると、そこには沢山の肉が積み重なっていた。厚さ一センチほどの、見ただけでステーキ用だということがわかるほどステーキステーキした肉だった。
「まさかお前、すでにステーキパンの構想を得ていたのか」
「ちがうさ、だからお前は甘いって言ってるんだよ。ああ、まったくあめえあめえ、甘ったるいぜ。まるでクリームパンのクリームみたいにな。いいか、それなら聞かせてやる。俺はな、もういっそ明日から、ステーキ屋さんになるんだよ。なぜなら、世の中にステーキほどゴージャスでおいしいものはないからだ。主食を気取りながらおやつにもいけるような熱でふくらますイカサマみてえな食い物はもうこれで終り、これからはオカズ一本勝負のステーキの時代だっていってんだよ」
 前田の口元からはよだれが滝のように流れ出していた。