ドラえもん徹底討論

 4年1組の教室に並んだ小学生達は、次の学活、国語や算数と同じく一時間を割いて行われる中学だとロング・ホームルームなんて言い方をされるあの時間に向けて、自分の考えをもう一度整理しようと、誰一人席を立たずにいた。
 いよいよ始まった学活の今日の議題は「ドラえもん徹底討論」、何も決めるべきことが無い時、他のクラスなら何の気なしにフルーツバスケットをやってしまうところだが、4年1組は違った。
ドラえもんの話というと、秘密道具を一つ選ぶなら、などという愚問が定番になっていますが、私はこれに対していい印象を持っていません。ぶんなぐってやりたい気持ちです。なぜなら、そんな質問をしたり喜んで答えたりする奴は、ドラえもんの魅力をまったくわかっていないからです」
 議論を始める前に、議長役の副学級委員、水嶋ミカが言った。
「確かにそうだ!」「アメトーークのドラえもん芸人には失望したよ!」「ドラえもんは知識じゃねえ、愛なんだよな!」
「では、一つ目のテーマにいきます」
 黒板の右端には、こう書かれた。
ドラえもんのいいところ」
 様々な意見が出た。四次元ポケット、未来から来たところ、ネズミが嫌いなところ、のび太と友達なところ、青いところ、前の声。どれも甲乙つけがたく決めきれなかったが、窓際最後方のあいつ、三船シンイチが決着をつけた。
「押入れで寝るところです」
 みんなはカルチャーショックを受けた。ドラえもんのいいところを考える上で、寝る場所は一見関係ないように見えるが、あそこで寝ることで、ドラえもんの慎み深さとか色々なことが見えてくるし、ママがあそこの布団を干してあげてると考えるだけでグッとくる。そして何より、のび太がドラえもんを探す時に真っ先に開けるのはあの押入れなのだ。あそこが空だったとき、俺たちはのび太と同じ寂しさを味わった。そして、ドラえもんが未来に帰ってしまうとなった時、のび太はスペースが狭い押入れの下の段に閉じこもって泣いていた。なぜなら、上の段はドラえもんの場所だからだ。だからのび太は下で泣いたのだ。みんなの目頭が熱くなった。
「決まりだ!」
 満場一致だった。大きな拍手が響いた。
続いてのテーマは「のび太のだめなところ」だった。
 頭が悪いところ、運動神経が無いところ、タケコプターのバッテリーがすぐ切れるところ、ドラえもんの道具に頼るところ、寝小便、すぐ嘘をつくところ。タケコプターのバッテリー云々は確かにダメだし、良さそうな意見だったので、なんとなくそれに決まりかけた。しかし、教室の隅からまた声が聞こえてきた。
「勉強もしないし、テレビゲームも持っていないのに、視力が悪いところです」
 みんながこんなに足元をすくわれたのは生まれて初めてだった。確かにそうだった。のび太と言えばメガネだが、当たり前すぎて、しかもメガネが顔とフィットしすぎていて、もはや気にしていなかった。みんなのび太のメガネを意識するのは、メガネを外す時か、セワシが来た時だけだったのだ。そういえば、なんで目悪いんだ。理由無く目が悪い、これはダメだ。やるせない。
「これまた決まりだ!」
 名残惜しいが、時間的に最後の議題となった。「ドラえもんで好きなシーン」
 みんな、ここに全力を注いだ。どれだけ自分がドラえもんと親しんできたか、これほど浮き彫りになるテーマは無い。みんな、気合を入れなおした。
たぬきと呼ばれて怒るシーン、のび太が自分の力でジャイアンに勝つシーン、自分達が未来から助けに来るシーン、サベール隊長とのび太の一騎打ち、桃太郎印のキビダンゴが次々と恐竜の口に放り込まれるシーン、ドラえもんがタンクに突っ込むシーン、バギーが突っ込むシーン、ミクロスが「ボクも涙の出る装置が欲しい」って言うシーン、ロップルの妹が別れ際にのび太に教えてもらったあやとりを見せるシーン、マンガの方のギラーミンとの決闘、魔界大冒険の「おわり」のシーン、「ひらりマント、ひらりマント」のシーン、のび太がコンピューターペンシルを放り出すシーン、最終的に高校生ののび太がやって来て中学生ののび太を連れて行ってしまうシーン、ドラえもんが白旗をふるシーン。他にも沢山出た。みんなの頭の中では、それらのシーンが次々に再生され、おなかいっぱい、もう給食食べる気しなかった。その時だ。
「ぼくが一番好きなのは、ドラえもんとのび太が一緒にテレビとかマンガを見て、一緒に笑っているシーンです」
 窓際最後方、掃除ロッカーの前から、穏やかな声が聞こえて、みんなの目からは、知らない間に涙が溢れ、どうかするとこぼれそうだった。たびたび登場するあのシーンには、ドラえもんとのび太の友情が全部つまっている。百年以上未来からやってきたロボットと間抜けな小学生が友達だってことが、びしびし伝わってくる。
「ありがとう」
 みんなの口からは、そんな言葉が飛び出していた。鼻をすする音が次々と響く。
「歌いましょう!」
 議長が言った。全員が立ち上がる。それまでは生徒達の好きなようにさせていた先生が前に立ち、指揮をとるため、腕を上げる。みんなは、それと同時に肩幅まで足を開く。


笑ってーる君はー 青空みぃたぁいー
見てーるーと ぼくまでー 微笑んでしまうー
ちがぁうー色ーしたー シャツ着ているけれどー
おんーなーじ色ーの ゆーめをおいかけたー
ずぅっと遠くの空の下まーでー ルルルルー
二人で旅した雲ーのようにー ラララー
ぼーくたちー ほーんーとはー ともだちみたーいー
ぼーくたちー ほんとに ともだちなんだー
いつーもいつまでもー ともだちだかーらねー
ともだちだかーらね