ダチョウのチョリソー

 カモメのジョナサンに対してでかい口を叩いてしまったダチョウのチョリソーは、家族から心配をかけられた。
「あんた、あんなこと言ってあんた大丈夫なのかい。飛ぶ方が早いに決まってるじゃないのかい。しかもあんた、パリだって?」
「チョリソー、パリに行くには海を渡らければならん。そして海を渡るには飛ばなけりゃならんのだ。確かにお前の足は速い。ダチョウの中でもかなり速い。いいか、我々がアメリカに住んでいたなら、コヨーテに追いかけられるのは我々だったのだ。いやむしろ追いかける側だったかも知れない。ワナしかける側だったかも知れない。ペチャンコになる側だったかも知れない。それはとても名誉なことだ。ロードランナーは時速20キロ、そして我々は時速60キロで走る。格が違うのだ。それでも、海は渡れないのだぞ」
「オイラは時速78キロだ。それなら海は」
 そこまで言って、チョリソーは頬ばっていた穀物をあろうことか両親の顔にふきかけ、時速70キロほどで地平線に吸い込まれていった。
「ねえお父さん」
 穀物まみれの顔をしたお母さんダチョウが声をかけるのにもかまわず、お父さんダチョウはふきかけられて地面に落ちた穀物を穏やかな顔でついばんだ。しばらくして頭を上げた。
「あいつの卵は、でかいでかいと言われるダチョウの卵の中でも群を抜いてでかかった。あいつの入った卵は」
「ええ、バター・ビーンぐらいあったわ」
 お母さんダチョウはイメージでものを言った。顔ぐらいがせいぜいだった。お父さんダチョウは、K1を家族で見ていたあの頃を思い出していた。バター・ビーンを見て「なんだこいつ」と言っていた息子のことを。息子よ、時速78キロだろうとなんだろうと海は渡れないのだ。そして、ロードランナーは実は飛べるのだ。
 スタート地点に指定された港には、沢山の鳥が集まっていた。二匹は相対した。
「飛べないで芸術の都に行こうってのかい」
 ジョナサンは嘴で翼を繕いながら言った。
「るせえ、このファミレス野郎」
 チョリソーは言ったが、周りの鳥達は、お前ソーセージじゃねえか、と思った。しかもジョナサンのメニューにあるよ、と思った。
「お前ソーセージじゃねえか」
 ジョナサンが言ったので、周りの鳥達は凄くスッキリした。
「ごちゃごちゃ言ってんじゃねえ、さっさとスタートだ!」
 その場を取り仕切った鳥が前に出てきた。場所や日取りや勝負方法を決めた敏腕アホウドリだ。
「もう一度確認すると、凱旋門に先にタッチした方が勝ちだ。パリの鳥が判定してくれる。じゃあ、カウント開始だ」
 5、4、3、2、1、と鳥達は叫んだ。
「スタート!」
 ジョナサンは海に向かって飛び立ち、あっという間に小さくなった。
 チョリソーはそれを見つめ、まだ動かない。どうするんだチョリソー。
 その時、遠くで汽笛が聞こえた。
 チョリソーは走り出した。一歩一歩加速し、猛烈なスピードで汽笛を鳴らした船に飛び込んだ。
 チョリソーのスピードと作戦に鳥達はどよめき、中には船で向かうことに対して「クールバードだ」と賛辞を述べる鳥もいた。
「あれは、遊覧船だ」
 ざわめきの中、地元の鳥の一匹がポツリと言った。鳥達はお互いの顔を見合わせた。
「ということは」
「海岸沿いを観光した後、一時間ほどで戻ってくる」 
「急いで解散だ!」
 クールというよりどっちかといえば卑怯な作戦を使おうとして失敗して観光してスタート地点に戻ってきてしまうダチョウを出迎えるのはちょっとあんまりだと思うのは鳥的に考えても自然なことだった。