横山大ピンチ

 先生が「先生を渡れ」と言って橋になってから、もう38人の生徒達が向こう岸に渡っていた。
 すげえよ、俺たちのティーチャーはすげえ。みんなの頭の中ではいつしか先生はティーチャーに格上げされていた。みんな、先生がこんなにきっちり橋になるとは思っていなかったのだ。
「先生、あと一人だ!」
「あと一人、横山を渡らせればPTAの拍手喝采が待ってる!」
 しかし横山は肥満児だった。Aクラス肥満児だった。みんなの目が横山の体にフィットした紺色のトレーナーに向けられた。
「あれ、大人用のSサイズらしいよ」
 ゴクリ。山中さんの台詞にみんなは息をのんだ。ここが山場だ。
 いよいよ横山が先生の背中に足をかけた。そして横山が崖からもう一方の足を離した途端、先生の体がかなりしなった。少し離れたところから見たみんなの目にはもう先生の手と横山の顔しか見えなかった。
「横山、早く渡れよ!」
「急げ横山!」
 横山の顔はみるみる青ざめて、その顔は少しずつ下降していった。先生の背骨はもう人間の限界をかなり超えてギャグマンガのそれになっていた。
「横山!」
「おい横山!」
「頑張れよ横山!」
「こら横山!」
「しっかりしろよ横山」
「横山何してんだよ!」
「お前どうなってんだよ横山!」
「おかしいだろ横山!」
「これ横山やばいだろ!」
「大ピンチだろ横山!」
「必死になれよ横山!」
 その横山はむしろ、みんなの心の中で、今現在かなり背骨やばい31歳の横山の方だった。みんなはこんな時にさえ、当然呼び捨てにされるべきと考えられる肥満児をカモフラージュにして先生を呼び捨てにするというスリルに溺れていた。親の教育が悪いと思っていた。