ドクターみつえのマッド研究所

 目隠しをして連れてこられた研究施設の入り口に思いっきり番地が書いてあったので、俺はまずびっくりした。しかもその横にドクターみつえが立っていた。
「ようこそ、ドクターみつえの研究所へ」
 女性マッドサイエンティストのドクターみつえは、意外に小柄で、意外に七人の黒人たちに守られていた。ビートたけしを見ればわかるように、できる人間は自然と黒人を付き人にするものなのである。そういう俺の後ろにも黒人がスタンバっていた。
「あんたの噂は聞いてるよ。植物に季節を勘違いさせる実験ばかり繰り返す偏執者だってね」
「夏にサクラが咲いてるのめっちゃ面白い。なめんなよ」
 ドクターみつえはさも愉快そうに笑った。こいつには俺と同じく、地球を滅ぼしかねない悪ノリ好奇心が渦巻いている。
「ドクターみつえ、そろそろ南中時刻です。あと五秒です」一人の黒人が、ショルダーバッグ風にヒモでかけている掛け時計をドクターみつえに見せて言った。
「い、急ぐんだよ!」
 ドクターみつえは血相を変えてきびすを返し、研究所の方へ走り始めた。その後ろを黒人たちがついていき、俺と俺の黒人も何も言われていないのについていった。
 廃校になった校舎がガキの使いのロケで使われたあと改造して作られたこの施設のことは置いておいて、俺たちは屋上へ一段抜かしで急いだ。普段研究ばかりやっているので、もも裏がパンパンになった。
 屋上についた時、もうそれが何なのかよく知らないがこの日のために用意されていた全てが終わっていた。まず、全体的に水浸しで、けぶっていた。虫めがねの取り付けられた高枝切りばさみが転がり、そのそばに開いた空のケージが置いてあり、ペットボトルロケットみたいなのが四隅に二本ずつ転がり、逆さにした三輪車の車輪の回転がそろそろ止まりそうだった。
 ドクターみつえは呆然と立ち尽くし、まるで抜け殻状態。黒人たちは、ガッデムガッデムと壁を殴った。一瞬、「せっかく準備したのに」という日本語が聞こえた。
 すまない、俺が遅刻したばっかりにすまない。黒人がカーナビに全然従わなかったんだ。あと、あんたの黒人も言うの遅すぎだ。