ゴリラの夜明け

 ラストヘビー、和製英語で最後の頑張りという意味だ。ただ、ここではゴリラの名前である。
 森では、バナナとゴリラの量がつりあわなくなって、古今未曾有の大ピンチが訪れていた。つまり、ゴリラが増えすぎた。バナナ五房に対してゴリラ三匹という計算になる。一日にバナナ百房と言われるゴリラ、これではとても足りない。
 ラストヘビーは「俺んとこにバナナ持ってこいよ!」と苛立って叫んだ。何を隠そう、この森のボスゴリラはラストヘビーだったのである。
「ボス、そんなにバナナは無いです」
 手下のゴリラどもが言うと、ラストヘビーは「なんでバナナねえんだよ、この前までいっぱいあっただろ!」と胸をたたきながら激昂した。
 それに呼応して興奮したゴリラ達が、一斉にウホウホと騒ぎ出す。ウホウホ!
「ウホウホすんな!」
 ラストヘビーが一喝すると、「ウホウホウホウホウ・・・」と一瞬にして場は沈み、静寂が包んだ。
「なんでバナナねえんだよ」
 ラストヘビーが訊きなおす。一匹が答える。
「ボス、食べたら無くなるのが道理です。バナナが減るのに、ゴリラの数は逆に増えすぎて増えすぎて、今じゃ森の木の数より多いんですよ」
「なるほど」
 木の数より多いことはねえだろ、と思いながらも意外とものわかりのいいラストヘビーはそれからしばし黙った。そして、この増えすぎゴリラと減りすぎバナナの折り合いをつける方法を模索した。そして、立ち上がった。
「ボス、何処へ?」
「考える時間をくれ」
 ラストヘビーは、考えを整理するために一旦塒へ帰った。あの有名なライオンのノックするやつがくっついた重厚な西洋扉の奥へ、大木の中へ、閉じこもったのである。その前には、八百のゴリラが集った。ボスの、ボスの英断を待ちます、と待った。
 それから三日経っても、一週間経っても、ラストヘビーは出てこなかった。雨の日も風の日も、ゴリラ達は辛抱強く金属製のライオンを見詰めていた。物も食わずにである。
 そして一ヶ月が経ち、待っているゴリラ達もいよいよやばい頃、重い扉をゆっくりと開けて、ラストヘビーが出てきたのだ。
「ボ、ボスだ!」
 ラストヘビーはガリガリだった。そのガリガリはゴリラ的にガリガリという意味で、人間からしたらちょうどマイク・タイソンぐらいで、まだ筋骨隆々だった。けど、ゴリラ的に言えば、あんなに痩せちゃって大丈夫かよ、というレベルなのである。おいおいタイソンみてえじゃねえか、なのである。マイク・タイソンはゴリラ界ではむしろネガティヴなワードで、貧弱の代名詞なのだ。
「あーあー! マイク・タイソンみたいになっちゃって!」
「そこまでして、バナナと俺達のことに思いを巡らせてくれたんだ!」
 ラストヘビーは黙って皆の前に歩み出たかと思うと、膝から崩れ落ちた。
「ボォス!」
 痩せたゴリラ達が一斉に駆け寄り、抱き起こす。
「大丈夫ですか!」
「ああ、平気ぜよ。心配は無用ぜよ。水とバナナをくれぜよ」
 何匹かが大急ぎで水とバナナを取りに走り、山ほどのバナナや水を抱えてあっという間に帰ってきた。ラストヘビーは、差し出された水を飲み、もはや貴重なバナナを口に入れた。他の皆も、各自で手をつけた。そしてお腹が落ち着いた頃、一匹がおずおずと声をかけた。
「それでボス、あの、名案は浮かんだんですか?」
 飲み食いして元気を取り戻したラストヘビーは、にやりと笑った。
「ああ、見つかったぜよ。名案が」
「一体、それは一体、全体、どんな方法なんですか」
 ラストヘビーは、「へへっ」と鼻を鳴らし、人差し指を鼻の下で横移動させると、木の切れ間から覗く海を指差して高らかに言った。
「輸入ぜよ、海の向こうから、バナナを輸入するんぜよ。まっこと、面白くなるぜよ」
 その目は、さすが塒の中で『お〜い!竜馬』を一ヶ月間ずっと読んでいただけあって、いかにも武田鉄也が憧れそうな輝きを放っていた。世界はまっこと広いんぜよ。