読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

マルチタスク無理!

 二月某日、「新しい技をあみだした。みんなをびっくりさせたい」と言って、知り合いやマンションに住んでいるみなさんを朝五時に呼び出して、地下駐車場で自分の胸から上を一刀両断して自殺した剣の達人、ノムさんの葬儀がしめやかに行われた。大好きなまんじゅうだらけの式となった。
 そこに、一番弟子の堀切くんはいなかった。堀切くんは、師匠の愛刀「豊丸」を持って、上半身裸でマンションの屋上にいた。眼下には、街の明かりの海が広がっている。
「よっ、よっ、よっ、よっ」
 師匠ゆずりのなめたかけ声で刀を黙々と振り続ける堀切くんの体は、冬場にもかかわらず、すでに汗にびっしょりと濡れ、胸はどっきりしていた。
 あの日、師匠からのメールを見たとき、の「朝五時は無理です」と送ろうとして送らず、そのまま昼まで寝たことを堀切くんは悔いていた。目がすごく怖くてウツボみたいだった。
 ここでピンと、堀切くんは死ぬつもりだと思った読者に拍手を送りたい。こんな欲張りな時代だからこそ、師匠と同じように度肝を一気にひっくり返すような壮絶な死に方を望んでいるはずだ。
 それなのにみなさん、堀切くんを見てください。一生懸命刀を振っているのはわかるが、フラフラで死にそうだ。高校生なのにニュースも見ないで朝からやっているせいだろう。いま夜の7時だから、もう12時間も刀を振り続けている計算になる。もう本当に限界らしく、くちびるがまるで夢のように青い。いっぱいいっぱいまで刀を振り抜いて力尽きて死ぬなんて、なんてえらいんだ。そしてなんて普通なんだ。
 堀切くんのiPodの充電は、既に1mmほどになっていた。オーディオテクニカ最安値イヤホンから耳に流れこんでくる師匠の大ヒットシングル「仮想孫」をリピート再生しすぎて、堀切くんはもう飽きていた。それでもよっ、よっと刀を振り続けた。
 ちなみにこんな歌詞です。たっぷり一時間かかったし見所ももうないので、これで発表の終わりにかえさせていただきます。君がこれを読んだ一時間後、堀切くんは力尽きます。


山は老い 海は醒め
独り明け方に惑うのは
写真のなか笑うお前
医者も見放した 末期がん


いつだろか一人娘おくり出し
I miss you 笠智衆
会えぬ間に届いた便りには
pity for you 不妊


じいじと呼ぶ声がする
まただ 幻聴だ
桜咲く 浪漫無き家
仮想孫 亡き人よ


傷を負い 銃は無く
独り立つJohn Wayne
何もなく町に出れば
道を問う老婆 同い年


肩をたたく小さな手
誰だ ヘルパーだ
やや小柄 気味の悪い女
仮想孫 亡き人よ
いつまでも お元気で