読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

『BLACK BOOK 蔵人独白』真木蔵人

BLACK BOOK 蔵人独白

BLACK BOOK 蔵人独白


 こいつがなにか喋りだしたら真剣に聞かなくちゃいけない。心からそう思わせてくれる人を、みなさんは何人知っていますか。
 ぼくの場合は、まず、なにがなんでも松本人志でした。松本人志がテレビに映った場合、飯の最中であろうと、一言一句聞き漏らすまいと背筋をただしてテレビを見つめました。母親がカボチャを食べろとかどうでもいいことを喋るのがむかつきました。カボチャはご飯のとき食べない、甘いから。カボチャ色に染まる白飯。
 千原ジュニアの話は真剣に聞かなくてもいい。ケンドーコバヤシの話は真剣に聞かなくてもいい。でも松本人志の話だけは真剣に聞かなくちゃいけない。この区別が心のどこから生まれているのかはわかりませんが、絶対にある区別であり、その区別がそれぞれの人間を三々五々、別々の夢を見させ、別々の方向に人生を運んで行きます。
 芸人にB型が多いのは、冗談でもなんでもなく、松本人志がB型だからではないでしょうか。自分に松本人志を投影する場合、B型であることは背中を押してくれます。でも、それで芸人になるとえらい目を見ます。誰かを尊敬するということは、その人になれないことを知ることなのです。くりぃむの有田も、アンタッチャブルの山崎も、昔は松っちゃんみたいなキャラでやっていたのに、今はあんな感じです。人を尊敬することで一番いいのは、最後の最後まで尊敬しきった時、それ以外のところに突き飛ばしてもらえることです。


 そこで今回紹介するのは、真木蔵人。その著書『BLACK BOOK』。吉田豪が褒めちぎっているように、これはとんでもない本です。
 でも、真木蔵人さんの話は、こいつの話は真剣に聞かないといけない、というものでは全然ありません。だからここまでの話はあんまり関係なしです。
 強いて言うなら、「全然尊敬できないけどハッハッハッハ」という気持ちが尊敬に似てきてしまうことが世の中にはありますが、そのトップに君臨する本です。一年ぶりに読み返したところで、感想がまったく変わりません。
 真木蔵人さんはめちゃくちゃ単純な世界に生きていますが、自分が好きなものをなぜ好きなのか、嫌いなものをなぜ嫌いなのか、ものすごくハッキリ説明します。今の日本人に欠けていると言われるものの一つです。
 以下は、日本人の愛国心について語った文章です。

 まずは自分の国、だろ。「おれは日本から来たんだ」って言えなきゃ。アメリカ行って、「お前なに人?」って聞かれたら、俺は「アイムジャパニーズ」だ。「日本からきて、東京知ってるよ、ヤバいよー。NYなんか、全然なんにもねえところだな」って。で、俺は言う、「すげえんだよ、なんでもあるぜ。サブウェイも全開だよ。ジャパンはアジアのナンバーワンだ」って。けど、かぶれたやつはこう、「アイアムステイツ」。その時点で外人はそいつを信用しない、絶対に。そういうのは日本への恩を忘れているんだ。自分の国のことを、愛国心こめて強く言わなきゃ、誰も信用してくれない。
 海外にかぶれた目線で、LAがオモシロイとかさ、言うなって感じです。そういう人がはびこっている。俺の名前をわざわざトランスレイツして間違えた雑誌があった。英語使えないんだったら、使わなくていいんです。日本語でいいじゃん。「真木蔵人」は漢字でよろしく。東京すらも知らねえくせに、外ばっか向いちゃってて、パリにロンドン、NYだ? そんなの関係なくね。超コアなラーメン屋とかやべえ酒場とか、日本のくまないところ知ってるほうが大事だぜ。
 マスが海外ばっかり向いてると、日本だから育つもの、日本にしかないイルなものを探る感性が埋もれてしまう。日本はちょい広くて、行くのがかったるい場所もある。だけど、もっと視野を広げて、足をのばしてもいいんじゃない。富士山のまわりだって、樹海だけじゃなくて、周りの富士五湖とかがきれいだったりするんだ。

 最後の例え話をみなさんに聞いてもらいたくてここを引用したんですが、そこに至るまでの、いかに日本人としての誇りを持つことが大切なのかという説明のよどみなさにも注目してください。大したことは言っていないのに、パリやNYより日本の超コアなラーメン屋を知るべきだということが良くわかります。
 ちなみに、別のコラムで真木さんは、「東京はメトロが走っていて引力が薄いので、人々は地に足がついていない」と斬り捨てていますが、それも真木さんにとっては大した問題ではないのです。今ここにある話題をパワーをこめて喋ることが何より大切なのです。
 真木さんには、限られた知識と、どこで得たの?というような知識しかありません。それでコラムを一本書くのは、か細いロープを渡るようなもののはずです。普通なら、これくらいしか知識が無ければ、すぐに論理の破綻に落っこちて黙り込んでしまうでしょう。ところが、真木さんは、か細いロープの真ん中を堂々と渡って行きます。ときどき下に落ちてるのに、まだ堂々と歩いています。
 ぼくたちは、その姿こそが見たいのです。細いロープだから渡れないよと体をクネクネ黙り込んでいる中学生や、すぐ落っこちて恥ずかしそうに上を見上げている高校生、割と太いロープをフラフラ渡って行く大学生。そんなものは見たくないのです。残酷なことですが、見たくないのです。真木さんを見ろ。ロープなんてこっちから全然見えないのに、肩で風切って歩いている。その姿がおもしろいんでしょうが。
 堂々としていること、自分を信じること、ジャッキー・チェンに今でも期待すること、子供にゴレンジャー系のTV番組を確実に見せること、基礎体力を上げるためにサウナに行くこと、あのねのねは最高だったということ、そして何より自分の言葉で語ろうとすること、それら全ての大切さがこの本には詰まっています。詰まっていて笑えます。マジおすすめ。